最期の会話
文芸部の冊子に載せてもらった作品です。
今まで、路地裏でケンカばかりしてきた。
ケンカを売られては買い、相手をこてんぱんにしてきた。もちろん、自分からケンカを売ることもあった。
そして、ずっと勝ち続けてきた。負けたことなんて一度もなかった。
―――今日までは。
そいつは、どうしようもないヤツだった。
他のやつのものを平気で奪い、蹂躙しながら愉快そうに笑う、最低なヤツだった。
そしてオレは今日、そいつが子どもを襲っているのを見てしまった。
傷だらけの子どもを見た瞬間、オレの頭にザッと血が上った。
気が付くと、ヤツと子どもの間に立っていた。オレはあいつを睨み、あいつはオレを見下ろしていた。
そして、ケンカが始まった。
結果、オレは片耳と脇腹を、あいつは片目を酷くやられた。
そして、オレは命を救い、あいつは奪うことになった。
力の差は一目瞭然だった。俊敏さならオレの方が上だが、あいつはオレより一回りぐらいでかかったし、力もバカみたいに強かった。片目をやれたのが奇跡なぐらいだ。
こうして、オレは初めての、そしてもう二度と経験することのない〝敗北〟を味わうことになった。
その味は、苦くて冷たい。
なんて思っている間にも、どんどん自分の体温が下がっていくのを感じる。
生温い液体が、じっとりと脇腹を濡らす。
寒い。オレ、寒いのは苦手なんだよな。……まあ、その内何にも感じなくなるんだろうけど。
と、
「――――?」
話しかけられたような気がして、オレは目を開けた。霞む視界に、ぼんやりと何かが映る。
「――、―――――――」
そいつが何か言うのを、オレは黙って聞いた。だって、何言ってるか分かんねぇし。
「――――、――――――――――、――――?」
………ああ、何だか眠くなってきたな。
「―――――――。―――――」
目を閉じる直前、そいつが何かを振ったのが見えた。オレも何となく振り返してみる。
最期に『じゃあな』とだけ返して、オレは眠気に意識を委ねた。
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すごいケンカを見た。
いや、厳密に言うと、黒ずくめのやつが大柄なやつに必死に対抗しているって感じだった。
そして、片耳をやられた黒ずくめがなんとか大柄の片目を攻撃し、大柄に脇腹を深くやられた。倒れた黒ずくめに興味がなくなったらしく、大柄が去ったことでケンカは終わったようだ。
そっと、荒い息をしている黒ずくめに近寄ってみる。脇腹から、血がゆっくりと流れ出ていた。
「ねえ、死ぬの?」
話しかけると、億劫そうに目を開けた。金色の双眸は、もう光を失いかけている。
「まあ、僕の言葉なんて分かるわけないよね」
分かっているけど、僕は話し続けた。
「僕はね、生物が一番生を実感するのは、その生を失う瞬間だと思うんだけど、どうかな?」
当然だけど反応はない。それに、もう長くはなさそうだ。
「聞いてくれてありがとう。さようなら」
そう告げて手を振ると、何を思ったか黒ずくめも尻尾を振ってくれた。
そして最期に、
「ニャアオ」
と鳴いた。
最後に少しでも「おっ」と思っていただけたなら幸いです。感想などもいただけたら嬉しいです。