くる狂
付き合って一年の彼女が突然俺の家に来て言った。
「私のこと、愛してる?」
「愛してるよ」
そう返すと彼女は満足げな笑みを浮かべて何もせずに帰っていった。
次の日、左足を無くし血を滴らせた彼女は俺の家に来て言った。
「私のこと、あいしてる?」
「愛してるさ」
そう返すと、彼女は少し安心したように笑みを浮かべて帰っていった。
その次の日にも、彼女はやってきた。
今度は根元から消え失せた左腕のあたりから服に血を滲ませて。
そして、また言った。
「わたしのこと、あいしてる?」
「あぁ、愛してるとも」
そう言うと、彼女は俺が大好きなその笑顔を見せて帰っていった。
その次の日から、彼女は家に来なくなった。
その次の日も、彼女は来なかった。
その次の日も、そのまた次の日も。
次に彼女に会ったのは葬儀所だった。
彼女が屈託なく笑った写真は中央の花に埋もれ、親族らのすすり泣きが彼女の死がどれだけ大きいものかを物語っていた。
第一発見者の彼女の母親の話によると、彼女は部屋で自らの首をナタで切り落として死んでいたらしい。
「あの子は、なんであんなに苦しそうな顔をしてまで自分の首を…」
彼女の母親は、それ以上何も言わなかった。いや、言えなかった。
火葬の前、彼女のバラバラの身体とどうしても会いたいと懇願し、柩に綺麗に収められた彼女と一対一で対面した。
死に化粧で幾分和らいではいるが、それでもその端正な顔に刻まれた苦しみはありありと見て取れた。
――ワタシノコト、アイシテル?――
俺は彼女の顔をそっと取り出し、そっと抱きしめた。
「俺は、どんな君であろうとも君を愛していたのに」
柩に戻した彼女の顔は、心なしか穏やかになっていた。
彼女の目尻のあたりに、ひとすじの涙の跡が出来たのを見て、俺は静かに柩を閉じた。