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My Sweet Blood

作者: 日月あきら

以前別サイトでアップしていたものです。楽しんでいただけたら幸いです。



夕暮れの公園。

空は既にオレンジ色の光を西の空に集め始め、天空には群青色の闇が滲み出ている。


もうすぐ日が落ち、辺りは闇に包まれるであろう時間。


園内にいた子供たちは一人、また一人と元気よく別れの挨拶を残して帰っていった。


そして、最後の一人になってしまった女の子。

幼稚園ぐらいだろうか?

運悪く、投げたボールが植え込みの中に入りこんでしまい、探してもなかなか見つからないようだ。

諦めてため息をついたその時、探していた場所から少し奥まったところに、見慣れたピンク色のボールが転がっているのが見えた。

女の子はやや茶色がかった黒髪が植え込みに絡みつくことも厭わず、嬉々としてボールのある場所まで

もぐりこんでいった。



ボールは植え込みが途切れた場所に転がっていた。

まるで秘密基地みたいに小さく開けたその場所には、ボールのほかに見たことのない男の子が座っていた。


まるでお人形のような、外国人の男の子。

髪は赤みがかった金髪で、白磁のように透き通った白い肌と深いブルーの瞳。

女の子は男の子が絵本から飛び出してきた王子様のようにきれいだったので、びっくりして目を見開いた。


少し顔色の悪い男の子は3~4歳ぐらいだろか。

ぐったりと木にもたれかかり、静かに涙を流していた。


「どうしたの?どっか、痛いの?」


女の子は怖がらせないように尋ねた。


「.....I'm so ... hungry ... please give me ... some.....」

「え?何?ごめんね?何言ってんのか、ちっともわかんないの…」


その時、男の子のお腹がきゅるる…と小さな音を立てた。

女の子は男の子がお腹をすかせているんだと気付いた。


女の子は破顔して、一粒だけ持っていたキャラメルを男の子に上げようとポケットに手を入れた。

けれど取り出そうとしたら、キャラメルと同じポケットに入れていた先の尖った真っ黒い石で指先を突いてしまった。

友達が「大切にしてね!」と言ってくれた石だったから、捨てずにポケットにしまってあったのだ。


細い指先には、ぷっくりと血が小さな玉のように湧き上がった。


「いたたた…」と呟きながらも、お腹をすかせている男の子のために血が付かないように注意しながら

キャラメルの包みを開き、男の子に差し出した。


すると男の子は血の出た手ごとがっちりと掴み、キャラメルを血が出ている指ごと口に入れた。

驚いて呆然としている女の子に構うことなく、男の子は舌で奪ったキャラメルを右頬に収め、

それから溢れてくる女の子の血を舐め取るように夢中で吸い続けた。


ようやく血が止まったのか、男の子は満足そうにそっと女の子の指を開放した。

不思議なことに、女の子の指先に今さっき出来たはずの傷がきれいになくなっていた。


男の子の行為が傷を治すためのものだと思い至った女の子は、無邪気な笑顔で「ありがとう!」と言った。

さっきまで具合が悪そうだったのにそんな様子も全く見られない男の子はにっこりと笑い、言った。


「Thanks for your sweet blood,my dear.It's very nice!」

「…え?」

「I love you so much. So,you're mine,okey?」

「え?え?」

「..I love you,my sweet blood.」

「あ、あいらぶゆー?あ、それならわかる!

 うん!私も大好きだよ!私たち、お友達だよね?」

「Christopher..I'm Christopher.Are you..?」

「クリストファ…?君の名前ね?私はね、ほのか!ほ・の・か!」

「..Honoca?」

「そう、ほのか!幼稚園の年長さんなの!もうすぐ6歳になるの!」


無邪気に両手を使って数字の6を示してから、何かに気付いたのか、女の子ははたと動きを止めた。


「わわっ!もう真っ暗!!もう帰らなきゃ、怒られちゃう!!」

「Honoca!?」

「ごめんね!また明日遊ぼうね!ばいばぁ~いっ!!」


ほのかと名乗った女の子は、ばたばたと走って行ってしまった。

クリストファと名乗った男の子は切なそうに瞳を歪め、その背中を見守った。



その後。

ほのかが何度公園に行っても、クリストファに会う事はなかった。





***********





柔らかく青い空に映えたピンク色の桜は、もう赤みを帯びた濁った黄緑色の若葉に勢いを譲りつつある季節。

見慣れた登校風景には、幾分くたびれた感じの2~3年生に混じって真新しい制服に身を包み、少し緊張した面持ちで歩く新入生の姿がちらほら見えた。


今年無事高校3年生に進級した宮崎穂乃果は、そんな朝のひとコマを教室の窓からぼんやりと眺めていた。




新学期に入ってから、まだ1週間ほど。

新しい教室はどこかよそよそしかったけれど、穂乃果は校門と学校に沿って植えられている桜が良く見えるこの席がとても気に入っていた。


先週まではもう一つはっきりしない天気だったのに、週開けの月曜日である今日は抜けるような、春らしい快晴で始まった。

暖かくなった春独特の風の香りが眠気を誘うが、穏やかな気分でいられるのは心地いい。

穂乃果は開いた窓から入ってくる風を胸いっぱいに吸い込み、ふぅと吐き出した。


癖のないストレートの、腰まで伸びた黒髪がさらりと風に揺れる。

朝日が当たっているせいか穂乃果の頬は健康的なピンク色に染まり、日に焼けていない白い肌が引き立たせていた。

全体的に小作りな印象を与える彼女は校内ではちょっとした噂の的になるほど、整った顔立ちをしていた。

当の本人がそんな裏情報に気付く日は一生来ないだろうが…。





「ほのかぁ~っ!!ちょっと、聞いて聞いてっ!!」


ぼんやりしていたところに突然の叫び声。

既に登校していたクラスメイト達は驚いた顔を見せたが、呼びかけられた穂乃果は動じることなく声の主におっとりと顔を向けた。


「おはよう、千鶴ちゃん。朝からいい事でもあったの?」


穂乃果が”千鶴ちゃん”と呼んだ女子生徒の名は、安西千鶴。

穂乃果とは入学以来ずっと同じクラスで、気の合う二人はいつも一緒に行動していた。


千鶴はいつも元気一杯で、喜怒哀楽の激しいタイプ。

変わらぬショートカットスタイルは、一生を捧げるぐらいにがんばっているバレーボールのためらしい。

活発でいつも楽しいことを嗅ぎ付けては行動に移す千鶴と、落ち着いてじっくりと考えてから行動する穂乃果。

全く正反対だからこそ気が合うのかもしれないと、周囲の人たちは考えていた。



いつも元気一杯であるけれども、これまでにないほどの千鶴の興奮ぶり。

穂乃果は不思議そうに首をかしげた。


「んもうっ!ほの、かわいいっ!抱きしめてちゅーしたいっ!!」


むぎゅっと抱きしめられるのも慣れたもので、穂乃果は大人しく千鶴のするがままにさせていた。

なんでもストレートに表現してくれる千鶴のことが、穂乃果にはかわいくてならないからだ。



「千鶴ちゃん、ありがと。うれしい。

 …で、なにがあったの?」


抱きしめることで満たされたのか、千鶴は本来語るべき内容を思い出した。

また興奮が蘇ってくる。



「そうそう!忘れてた!!

 あの既に噂の的になっている王子様みたいな1年生と偶然同じ電車に乗り合わせてね、なんと!!

 お話したんだよ~っ!!!」


両手を組んで少女漫画のように瞳をキラキラさせて語る千鶴を見ながら、穂乃果は噂の一年生のことを思い出した。


一度だけちらっと見かけた、新入生。

一目見ただけでも忘れられなくなりそうな、きれいな金髪にガラス玉みたいに深くてきれいな青い瞳。

情報通の千鶴が言うにはイギリスから来たそうで、日本語もぺらぺらなのだそうだ。

噂話にもカッコいい男の子にもあまり興味のない穂乃果でも、うっすらと笑みを浮かべる横顔にちょっぴりときめいたりした。


『本当に、御伽噺から抜け出してきたかのような人だったなぁ…』


ぼんやりと考えていると、ふと何かが頭の中を掠めたような気がした。

けれど、記憶のかけらはするりと手のひらから落ちていった。


「……?」


穂乃果は頭を捻った。



「んでね!…って、ほの、どしたの?」

「え?あ、なんでもないの。ちょっと思い出しそうで思い出せないことがあって…。

 それで、どんな話をしたの?」

「たいした話じゃないんだけどさ、学校慣れた?とかそんなことだったんだけどね、

 とにかく声がさぁ~!素敵なのっ!

 腰にがん!とくる、バリトンボイス!

 やっぱり背が高い人って重低音の効いたセクシーボイスなんだねぇ~!!

 朝から得した気分よ!ほんとっ!」



穂乃果は無邪気に語る千鶴がかわいくて、くすくす笑った。

そういえば彼は頭一つどころか、男の子達の中でもずば抜けて背が高かったな、と思い出した。

190センチぐらいはあるかもしれない。

けれどごつい印象を与えるわけでもなく、すらりとしてエレガントな雰囲気を醸し出していた。

イギリスの王侯貴族というイメージがぴったりだ。


「私もいつかその”セクシーボイス”が聞けるかしら?」

「どうだろ~?もっと学年ごとの接点があればいいんだけどねぇ~。

 彼氏になって!とは言わないけど、もう一度お話しぐらいはしてみたいな~。

 ま、縁なんてないんだろうから、彼が学年代表にでもなってくれたら、集会ごとに彼の声が

 聞けるんだろうけどねぇ」

「そうだね」



全学年の女子が狙っていると噂されている、彼。

入学からまだ1週間しか経っていないのに、既に各学年の女子生徒から声をかけられているらしい。

知り合うこともないだろうと考えながら、穂乃果は少し残念そうな顔をしている千鶴の顔をのほほんと

眺めた。



これから大騒動に巻き込まれていくとも知らずに。






何事もなく平和に過ぎて言った4月。

5月の連休が終わり、学校では間もなく新学期初の中間テストや修学旅行や遠足があるので、校内は少々

慌しさをましていた。


そんな中でも噂の的は、件の一年生。

”王子様”とあだ名されている彼は毎日毎日告白ラッシュで、ファンクラブまで出来るほどの熱狂振りだった。


元来ミーハーな千鶴はきゃーきゃーはしゃいでいたけれど、物静かな穂乃果はさして興味もなかったこともあり、淡々と穏やかに日々過ごしていた。


何といっても受験生。

入学時より難関大学の心理学部を目指していた穂乃果は部活にも入らず、3年生になるまでと同様こつこつ勉強をこなしていた。


放課後になると学校の図書室に籠り、決めた課題をこなし、分からないところがあれば先生に聞いてから

帰宅。

用事がなければ毎日変わらない、穂乃果のサイクルだった。



今日も授業終了後いつものように図書室で参考書とノートを広げ問題を解いていた穂乃果は、突然肩に大きな手を置かれ、驚いて飛び上がった。

振り返ってみると、丁度相手の制服のお腹辺りが目に入った。


そのまま視線を上に上げていくと、青い瞳とぶつかった。

そこに居たのは、今や時の人である、一年生の王子様だった。


意外な人物の登場に、穂乃果はかちん、と固まった。




そんな穂乃果のことなどお構いなく、王子様はにこりと輝かんばかりに微笑んだ。


「ほのか」


名前を呼ばれ、どきり、と穂乃果の胸が高鳴った。

顔がかぁっと熱くなる。

穂乃果は、初めて千鶴が”腰に来るセクシーボイス”と絶賛した意味を実感した。


「えと……」


相手は自分の名を知っていると言うのに、穂乃果は彼の名を知らなかった。

なんと返せばいいのか分からず戸惑っていると、王子様は少し哀しげに瞳を揺らした。


「ほのか、僕のこと、覚えてない?」

「え…?」

「僕だよ、クリストファ。昔、公園で会ったよね?」

「クリストファ…?」

「ほら。公園の植え込みの陰で、お腹すかせて泣いていた僕に穂乃果はキャラメルをくれて…」

「公園…キャラメル……」

「僕はもうお腹がすいて死んでしまいそうになっていて、もうダメだと思っていた。

 その時、穂乃果が助けてくれたんだ。こんな風に…」


何とか記憶を引きずり出そうとしている穂乃果の側に跪いたクリストファは、大きな手で穂乃果の右手首を握り締め、反対の手で穂乃果の右手を優しく開き、指を口に含んだ。


自分の指先に、ありえない温かな感触が伝わってきた途端、穂乃果の頭の中は真っ白になった。


呆然としている穂乃果から自分の記憶を引っ張り出そうと、クリストファは人にしては尖った犬歯を穂乃果の指先にぷつりと突き刺し、血の滲み出した指に舌を絡めるようにして吸い始めた。

クリストファの青い瞳の奥に赤い炎がちらちらと揺れ、恍惚とした表情で穂乃果の血をすすり続けた。


穂乃果はぞくりと体の芯を疼かせ、自分の中に生まれた得体の知れない欲望に恐怖を抱いた。


と、その時。

幼かった頃の記憶の断片が、欲望の隙間からはっきりと見て取れた。


それは夕暮れの公園での出来事。

あの日もこうしてクリストファに指先から溢れた血を吸われたのだ。


そう、彼はあの時の男の子。

もう一度会いたくて、一緒に遊びたくて、何度も公園に通ったのに会えなくて。

諦めと同時に記憶の奥に押し込めて閉まった、大切な友達。





「…!あの時の、クリストファ君っ!!

 私、何度も公園にいったんだよ?でも全然会えなくて…」

「…日本にいる叔母夫婦を訪ねて、初めて日本に来てたんだ。僕はあの日、迷子になって

しまってね。

 どこにいるのか全く見当が付かなくて、長い間血を吸わずにいたから飢えが酷くなってきて、

 もう意識が朦朧として来て、本当に困ったよ。」

「え…、血?私の?」

「あぁ、君の血だよ、ほのか。

 お陰で僕はあの年からずっと君に縛られることになってしまったよ…幸いなことにね」



ぱちんと様になるウィンクを一つしてから、クリストファは自分の生い立ちやこれまでのことを話し始めた。



話を要約すると、クリストファの父方の家系は吸血鬼の一族で、人間から血を吸わなければ生きていけないらしい。

吸血鬼の血を引き、さらに吸血鬼としての能力を強く示した人間は一族のものとして成長し、18歳になった時に血を提供してくれる一生の伴侶を選ばなければならない。

愛をもって飲み込んだ血は吸血鬼にとって祝福を意味し、愛のない欲望だけの血は呪いを与えるのだそうだ。



「本来なら、5歳までは人間である母親か父親に血をもらって大きくなるんだ。

 ヴァンパイアにとって血縁関係にない人間の血が毒になることがほとんどなんだよ。

 だからほのかに初めて会った頃、僕は人間の血を持つ母からずっと血をもらってたんだ」

「…え?でも…」

「そうなんだ。僕はあの時同じ遺伝子が含まれていない他人の血は飲むことが出来ないはず

だったんだ。

 体が拒否反応を起こすからね。

 なのに、何故か僕の体はほのかの血を受け入れ、瀕死の状態からあっさりと回復した」

「………」

「父も僕の話を聞いて慌ててたよ。そんなこと、あるはずがない、絶対に拒否反応を起こす

はずだって。

 なのに、僕の体には何の異常も見られなかった。

 とにかく家に帰って一族の長に相談しようということになって、翌日、体調の変化が見られ

なかったから父親と一緒にイギリスに帰国した。

 結局、長にも僕が元気で生きていられる理由は分からなかったけどね」

「不思議なことね…」

「…そうだね。

 それから、何年かは母親の血で普通に生活することが出来た。

 5歳を過ぎた頃から、月に一度は誰かしらの血をもらって生きていくことが出来た。

 けれどティーンネイジャーになってから、誰の血をもらっても飢えが凌げなくなってきたんだ。

 好意を持っている相手の血であれば、18歳までは何の問題もなく成長できるはずだったのに」

「へぇ…ご両親もさぞかしびっくりされたでしょうね~」

「僕も両親もびっくりなんてもんじゃなかったよ。なんせ、僕の命がかかってるんだから。

 両親は始め、僕が熱烈な恋に落ちたんじゃないかと疑ったんだ。

 一生共に過ごしたいと感じた相手に出会ったときから、ヴァンパイアはその定められた相手の

 血でしか飢えを満たせないからね。

 それは、18歳以下の子供でもその年齢に近づけば近づくほど起こりうることなんだよ」

「じゃ、クリストファ君には素敵な彼女がいたってこと?」


それならクリストファの説明も筋が通るはず。

でも、それじゃ、彼が穂乃果に会いに来た理由がわからない。

彼女と別れてしまえば、彼の飢えは酷くなるはず。

穂乃果がこめかみに人差し指を当てて考えていると、クリストファがくすり、と笑った。



「その答えは、半分正解で半分不正解だよ。

 確かに、僕は普通の青少年らしく好もしいと感じた女の子とお付き合いをしたよ?

 でも、僕の心の中にはずっと昔からたった一人の女の子が住んでいたんだよ」

「素敵な話ね~。ずっとずっと想ってるなんて」


御伽噺から飛び出してきたような人物から飛び出す御伽噺のようなラブストーリーに、穂乃果はうっとりと瞳を輝かせた。

そんな恋が出来たら、どんなに素敵だろう!


「でも、その肝心の相手は遠い国に住んでいて、どこの誰かもよくわからなかったんだ。

 だから去年一年かけて彼女の居所を探り、こうして日本の学校に入学する許可を

もらったってわけ」

「…ってことは、ここらへんに彼女がいるって事?」

「もちろん、そうだよ。

 僕は彼女と無事再会を果たし、彼女の血を口にすることで確信を得た。

 僕は彼女の運命の人で、彼女をずっと今でも、これからも愛し続けるんだって」

「よかったね~。運命の人に無事出会えて」


クリストファが幸せそうに微笑んでいる。

彼が無事想い人に再会でき、輝かんばかりに微笑んでいることを穂乃果は心からうれしく思った。

この手の感動モノに弱いせいで、うっすらと涙ぐんでいる。


途端、クリストファの笑みが明らかに苦笑に変わった。



「…なんだか、とっても勘違いしてるようだけど、ほのかって関係者なんだよ?

 関係者以外に僕はこんな重大な話をすると思えないでしょ?」

「そういえば、そうよね?

 …ってことは、私の友達のうちの誰かって事かしら?」


穂乃果は大切な女友達の顔を頭の中に思い浮かべ、あれこれ思案した。

一体彼の心を射止めた素敵な女性は誰だろう?

穂乃果は思考の海を漂い始めた。


と、穂乃果の周りにふんわりと甘いコロンの香りが漂い、頬に温かく柔らかなものがふれた。

きょとんとして目の前を見ると、かなりの至近距離にクリストファの麗しい顔があった。

ぼんやりな穂乃果も、心臓がどきり!と高鳴った。


「…だからね、僕はあの時、ほのかに一目惚れしてたんだよ。

 一生この人と一緒に暮らしたいって。

 だからこそほのかの血を僕は受け入れ、僕は生き延びることが出来た。

 …分かってくれた? 

 僕は、ほのかのことを愛してるんだよ。ずっとずっと昔から」

「…え、と…」

「だからね、あの公園での出来事以来、僕はほのかなしじゃ生きられない体になって

しまったんだ。

 18歳になった途端、僕はほのかの血しか飲むことが出来ない。

 ほのかの血がなければ、一族の呪いにより飢え狂うしかないんだよ」

「…え?」

「愛の詩でよくあるでしょう?

 ”君がいなければ、僕は生きていけない”

 僕はにとってまさしく、ほのかはそういう存在なんだよ。

 詩人って、時として真実を見抜く力があるっていうのは本当なんだね?」

「えと、私…どうすればいいのかしら?」


穂乃果はあまりに突然行われた告白にかなり戸惑った。

頭の中が整理できない。


「とにかく、僕のために血をちょうだい?僕たちが生きている限り。」

「でも…そんなの…」

「僕は昔言ったみたいに、まだ君を愛してるよ?ずっとずっと想ってる。

 これから先立って、未来永劫、この想いは変わらない。

 ヴァンパイア族の想いって、それほど強いものなんだよ?

 それとも、こんな僕は嫌?人間ではない僕には関わりたくないって思ってる?」

「そんなことっ!」

「だったら、僕のたった一人の大切な女になってよ、My sweet dearね?」

「突然言われても…困るわ」


オロオロとうろたえる穂乃果の頬を両手で優しく包み込んだクリストファは、じっと穂乃果の瞳を見つめた。

穂乃果は途端に吸い込まれた。

彼の美しい青い瞳に。


ぼんやりと彼の瞳に見入る穂乃果に「かわいい」と小さく笑ったクリストファは、羽根のように軽いキスを穂乃果の唇に落とした。

そしてもう一度、請うように穂乃果の瞳を覗きこんだ。



頬を真っ赤に染めた穂乃果は、小さな小さな声で答えた。


「…まずは、お友達から…ね?」

「でも、最後は生涯の伴侶、だよ?」



強引なクリストファに負けてこくりと小さく頷けば、力いっぱい抱きしめられた。



「愛してるよ。僕のSweet blood.」



まるで全てを束縛する魔法の呪文のように、クリストファの言葉が穂乃果の身体を包み込んでいった。


 


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