風の警告
西日が眩しい。目の上に手を庇のようにかざし、俺は海を眺めていた。
闇と光の交じり合った短いこの時間、全てが真っ赤に染まる。
俺はこの鮮烈な風景が幼い頃から好きだった。
風が海にぶつかり、波を高くする。
俺と友人のリースは港にたたずんでいた。
金持ちの誕生日会に参加するんだから、いつも通りの格好をしていくわけにもいかず、俺は学校の制服を着ていくことにした。
黒のズボン、白のワイシャツに真っ青なネクタイを締め、ローブを羽織った。これならいつもよりマシな格好のはずだ。
学校のエンブレムが少し気になるのだがどうしようもない。
「もうそろそろ船に乗らないと遅れるんじゃないのか?」
背後でリースの声がした。
「そうだな」
風で声が飛ばされる。風は俺たちが誕生会に行くのに反対意見の様だ。場違いだから引き返しな、と。
冷えた手先をローブの中に入れ、リースに歩み寄った。
「行くか!」
走ると風が更に冷たかった。けれど、そんなこと別に気にならない。今興味があることと言ったらこれから俺たちに何が起こるかということだけだ。
高まったテンションが手伝って顔が緩む。
「お前も子供みたいに笑えるんだな」
以外だなーとリースが俺の隣でふと笑った。
「うっせ」
確かに俺は同い年くらいの子と比べると冷めたところがある。それは自分でも自覚済みだ。
でも、俺よりもずっと大人びたリースに言われるとバカにされているような気がした。
背も自分より少し高いし、頭だって良い。そんなリースのことは正直羨ましく思っていたし、憧れてもいた。
でも、そんなリースも以外に呑気で抜けてるところがあるから、その部分は俺がフォローしているつもりだ。
だから、俺たちはお互い支え合っているってわけ。
リースには俺が必要なんだ。そして俺にはリースが必要。
お互いにプラスの存在。すなわち、俺たち最強コンビ!って事だよな。
ま、実際そう思ってるのは俺だけかもしれないんだけど。
そこんとこどうなんですかね?リースくん。
リースは俺の気持ちを察してか否か、言葉を発した。「セン、船はそっちじゃないぞ」
……たまたまだ。
いつもは俺が注意する側なの!
船にはたくさんの乗客がいる。心なしか、若者が多い気がする。
豪華客船とはまさにこの船のことだ。縦幅も横幅もかなりある。俺の学校の全面積の倍はある。しかもこの船にはプールも図書館も映画館もあるときた。暇をすることはなさそうだ。
公爵夫妻の別荘は一体どこにあるのだろう。こんなに施設の整った船をよこすということは着くのに時間がかかるのか。
「部屋でも探しに行くか」
リースが言った。リースがこちらを振り返る。
「……そうだな」
たくさん人がいるにもかかわらず全く混雑しないこの部屋からは妙な気配がしてならない。
俺は辺りを注意深く見まわした。しかし何もない。
あるのはたくさんの人々。豪華な装飾品。花――
どこもおかしいところなんてない。
「なぁリース。何か変じゃないか?」
俺は何となしにリースに聞いてみた。
「何かって何だよ?」
リースはいつもと変わらない笑顔を俺に向けた。
「…さあ、なんだろうね」
俺はそう言い話を蔑にした。
自分から話をふっておいてこうするのもどうかと思うけど、変に自分の意見の押し通し、気まずい空気になるのはどうしても避けたかった。
「とりあえず部屋へ行って休もう。センはプールとかゲームセンターとか行きたかったりする?」
俺は子供か。映画館とか図書館にしてくれ。
「……別に。俺はリースに付き合うよ」
大広間から俺たちは階段を上り出て行った。
小さな男の子が2人、俺たちのわきを通り過ぎる。
と、片方の男の子が転び、わんわんと泣き出した。
俺はじっとその2人を見た。
うるさかったから、とかそういうわけじゃない。
その2人がちょっとだけ心配だったから。
ただ、助けようとは思わなかった。
リースが2人に駆け寄ろうとするのを俺は手で制した。
リースは不可解そうな顔をする。
けがをしていない男の子がけがをした男の子を慰め、背負うところだった。
重そうに、よろけながら階段を下って行く。
「行こう」
俺はリースに先へ行くよう促した。
一歩足を前に踏み出す。
ふかふかのじゅうたんに足が沈む。
「昔、センもあんなことあったよな」
リースは遠い目をして思い出を見つめる
「ん、あったか?」
俺は記憶を探る。しかしそんなもの出てこない。
「10歳くらいの頃、シアンにうちまで運ばれてきたんだぜ?」
シアンとは俺の1つ下の妹だ。真っ青な瞳だったからシアンって俺がつけた。
俺はシアンの兄であり名付け親だ。
「へぇー。ナイスガッツだな。2つ上のリースを運ぶとは」
我が妹ながらよくやった。と、俺は自慢げな気持ち。
俺の言葉にリースは笑った。
「違う違う。運ばれてきたのは俺じゃなくてお前な」
「へ?」
俺はすっとんきょうな声を出した。そんなの初耳だ。
「崖から落ちたとかだっけな。かなりやばかったぞ」
「そんなの、全く記憶にないんですけど……」
俺は額に手を押し当てた。
「きっとその時に頭を強く打ったんだよ」
リースは懐かしそうに話す。
「あの時はシアンとあまり背丈が変わらなかったしね。いや、シアンの方が高かったか?」
いや、俺の方が高かったし!とムキになって反発するのはガキだ。
俺は不快そうな顔をすることなく、すまし顔をしたまま尋ねた。
「何で崖なんかに?」
「よく分からないけど、シアンがお前にずっと謝ってたぞ」
シアンが俺に?
俺は唇に人差し指の第二関節を当てた。考え事をする時の癖だ。
「よく思い出せないけど、センはあの時から身長が高いとは言い難かったな」
悪びれた様子もなくリースは言った。
「ふざけんなよっ。今は平均以上あるし!」
シアンよりも高いし!
正直者なのか、俺をからかっているのか。
後者のような気がするが、俺は気分を沈めることにした。
感情的になるのはあまり好きになれない。
それが自分でも、他人でも。
「本当かよ」
リースは心底驚いた顔をした。
「ホントだよ!」
俺はちょっと怒った顔をして、リースは楽しそうな笑顔で、たくさんあるうちの一室の船室に入った。