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テニスシューズの陰謀

掲載日:2026/07/22

テニスシューズの陰謀


スティーブ・アラン 探偵

ジム・モートン 記者

アレクサンドラ テニスプレイヤー

ニコル テニスプレイヤー

ダニエラ テニスプレイヤー

リーン テニスプレイヤー

ニコルの叔父


テニスシューズに仕掛けられた陰謀の物語が今始まった。

正に今、ウィンブルドン女子大会準々決勝の火蓋が切られた。

右端、左端とところ狭しとサイドステップを踏むニコルは世界ランキング9位の新進選手だ。この試合、最初の2セットは相手のダニエラが先取、続けて2セットをニコルが同点に追いつくと言う展開だった。最後のセットが迫る今、ダニエラはトイレ休憩を取った。ニコルはバナナを食べ冷静そうにしている。

客席にはダニエラのフィアンセが固唾を呑んで見守っている。彼の額には汗がキラッと光り、眉間にはシワが寄っている。

緊迫した試合展開となった今回の準々決勝。ダニエラも世界ランキング15位の新進選手である。ゲームは緊迫しているが、ニコルは落ち着き払っていた。さも、この勝負は頂くという風だ。何故、ニコルはここまで冷静なのか?客席のオーディエンスも分からなかった。さて、5セット目が始まると思ったその時、アクシデントは起こった。なんと、靴を履き替えようとしたダニエラがそのまま、転倒したのだ。何が起きたのか?皆が分からなかった。ダニエラは踵を痛そうにして、すぐに靴を脱いで、のたうち回った。すぐさま、彼女の専属トレーナーが駆けつけ、彼女の靴の中を覗く。何やら靴の中のインソールを取り外し、その裏に刺さっているピンを抜き取るような、動きを見せた。まさに画鋲のようなものを抜き取っていた。しかし、これに審判はリアクションせず、試合は始まった。審判はこのシーンを見逃していたのだ。ニコルの方を見ていたようだ。ダニエラもダニエラでこれだけのことで試合を棄権したくはない。どうしても、やらなきゃならないのだ。それに、トレーナーの動きはあまりにも素早かった。案の定、足に痛みを抱えたダニエラはボロボロの試合を演じて、敗退することとなった。審判もあのシーンに若干目をやっていたかもしれないが、試合を中断したくなかったのだろうか?


さて、今日の2試合目だが、準決勝に進出したアレクサンドラが古豪のリーンを相手にする。アレクサンドラは序盤から猛攻を仕掛け、ベテランのリーンを圧倒していく。1セットはリーンが返したが、結局3-1でアレクサンドラの圧勝という展開だった。アレクサンドラは試合が終わったあとも体力に余裕を残し、夜のディナーパーティーへと出かけ、来週の決勝に向け仲間たちと前祝いに酒宴を行うほどだった。リーンの方は今回の大会で現役引退を発表し、そそくさと会場を去り決勝すら見ないと言った。彼女はバカンスと転職に向けて、計画を立てたいということだった。

パーティーからホテルに帰宅したアレクサンドラは冷たい氷水をグイッと飲み干しシャワーで体を清め、ひんやりとエアコンで冷えたベッドに倒れ気持ちよさそうに眠りについた。


彼女が眠りについてほんの5分ほど経った頃、掃除夫がドアをノックした。「こんばんは、掃除の者です。ちょっといいですか?誰もいない部屋に道具を残してしまいまして、邪魔でしょうからすぐ取りに来ました。宜しいですか?」「ええ、いいわ。どうぞ、持って行って。」会話を交わす二人だった。「ああ、ありました ありました。それでは、あ、ちょっと、実は私ファンなんですが、サイン頂けますか?このボールに」とマジックとボールを見せた掃除夫。快く受け取るアレクサンドラだった。その時、帽子を取った男はニコリと笑って付け足した。「ところで、誰かから喧嘩を売られたことなどなかったですか?最近」と訊いてきたのだ。

呆気にとられたアレクサンドラだった。とくにそんなことはなかったと彼女。「そうですか?いや、ちょっと気になりましてね。実は私、探偵もやってるんです。準々決勝で負けたダニエラの様子がおかしくて、調べてるんです。ダニエラからの依頼ではないんですが。あの時、彼女のトレーナーがインソールの裏に刺さっていたトゲのようなものを抜いていたのを見ましてね。客席からオペラグラスで見えたんです。審判は見ていなかったのかもしれませんが、あなたのことが心配で。靴には気をつけて下さい。では。」「はあ」一瞬のうちにアレクサンドラはあのシーンを思い出した。彼女も足を痛めているのを見ていたようだ。「物騒ね。」


彼女はブランデーを一口飲み、すぐにベッドに入った。

エアコンが涼しすぎるので中々眠りにつけず、考えていた。

「誰かが、やったのね!彼女の靴に。私はやられないわよ。絶対、気をつけなきゃ。優勝がかかってる。」そして、彼女は眠った。


火曜日の午後、アレクサンドラの練習は厳しく、また、先日受けた忠告で少し棘には敏感に神経質になってきていた。

額から流れ落ちる汗をリストバンドで拭いながら、彼女は思った。あんなこと、目に時々入りそうになる汗みたいなものね。と

気を紛らわした。調子は良かった。身体的にも精神的にも万全の状態を超えて、高揚感すらあった。新進のプレイヤーであるアレクサンドラは去年末のクリスマスから一気に評価を上げて登りつめてきたシンデレラガールだった。

今年のウインブルドンを皮切りにガンガン4大大会を勝つつもりでいた。

スティーブは掃除夫としてこの大会に忍び込み、彼女の危機を救うべく、調べ回っていた。彼女に恨みのある人間はいないのか?もしくは、やはり、今大会のライバルたち。その中にはニコルの存在もあった。

スティーブはニコルの身辺を洗おうと思っていた。彼女に犯罪の協力者がいないか?彼女が会場にいるとき、スティーブは彼女の会う人物に目を光らせていた。準決勝、ニコルが好調で、試合を進める。この試合に勝てばアレクサンドラとの試合が決まる。

彼女の足首から膝、腰、肩、手先まで動きは冴え渡っていた。スピード、余裕、リズム感すべてがみなぎる闘志と冷静さの間で絶妙に調和していた。

準決勝は案の定、彼女の安定したプレイと相手を若干上回る先読みの良さで、快勝した。

スティーブは彼女にサインを貰いに行くとともに、彼女がプールの近くで会う男性を発見した。

彼と何事か談笑し、その後キラッとサングラスを光らせ、何か注意事項のようなことを告げているように見えたものだ。

彼は一体、誰なのか?友人、親戚、仕事関係か?

勿論、スティーブは彼を少し泳がせ足がついてからとっ捕まえるつもりだった。

安ホテルに帰ったスティーブは掃除夫のユニフォームを脱ぎシャワーをさっと浴び、涼しいベッドルームでパソコンを開いた。彼の容姿を電話で撮影しておいた。これをなんとかAIで称号できないか?この写真の人物が何者かネットのゴシップに出ていないかチェックしようというのだ。


「あー、出たぞ。この男だ。なんだ叔父か。」スティーブはこの容貌を記憶に刻みその日は休んだ。


土曜日、決勝前日。ある事件が起きた。なんと、ホテルのプール裏のしげみの方で銃声が上がったのだ。

急いで、駆けつけたスティーブ、現場にはうつ伏せに押さえつけられ、手錠をかけられる犯人らしき男の姿があった。

男は何事か叫び、アレクサンドラの方を指さしている。その時はこいつだったのか?と思ったスティーブだった。


午後、取り調べを行う警察の話を横から聞いていたスティーブだった。だが、おかしいのはこの銃声とピンのことが何の関係もない点だった。

一部始終訊いても、ピンのことは一言も発しなかった。

ダニエラも警察には通報していなかったので、ピンの件を警察も知らないか、知っていたとしても、調べてはいないようだった。

ますます、これは、オレがなんとかしなきゃいけないと思うスティーブだった。



結局練習中は無事で日曜日を迎えた。決勝当日、アレクサンドラのロッカールームに潜入するスティーブ。そこへ同じユニフォームを着た男が!腰を低くして男の顔を覗き込むと、帽子の下から覗く顔、あれは叔父の男だ。間違えない。


あいつ、やはり、ここに来ていたか!


急いで、彼女のロッカールームに駆け込むスティーブ。彼女の靴底を調べるスティーブ。やはり、ん、これは今度はつま先の方に仕掛けてある。工夫してるな。と思うスティーブだった。


これで良しと。外しておいたぞ。


帰り際、廊下の様子は問題なかった。再び、入ろうというあの男はいなかった。念の為、このあたりをウロウロしていようか。スティーブは思案していた。しかし、オレが怪しまれると別の手を講じられるかもしれないので、ラウンジで私服に着替えてお茶でもしていようと思った。


そこへ、アレクサンドラが通りかかった。


スティーブはすっくと立ち、アレクサンドラにヒソヒソ声をかけた。「やあ、ありましたよ。ピンは私が持ってます。ニコルの叔父でした。AIでゴシップ記事に写真がありました。あの男です。あなたは気づかないふりをして下さい。ほらここに。」キラッと光るピンを見せられたアレクサンドラはホッとした顔で微笑んだ。「ありがとう。あなたがいなかったらやられてたわね。」「踵でなく爪先に仕掛けてありましたよ。いやらしい奴です。念の為、試合前にもう一度、インソールをチェックしてくださいね。チアーズ。」と歩いていくスティーブ。




あとは決勝をオペラグラスで見ていよう。勿論、チケットはある。上の方の席だけど、オペラグラスで見える。

あの男が再び、周辺に現れるやもしれぬ。


ウインブルドン女子大会最終日決勝

アレクサンドラ 対 ニコル


新進選手同士の闘いが今始まる。

ロッカールームでよくよくインソールをチェックし靴を履き込むアレクサンドラ。まったく問題ないようだ。今回は念の為、靴は途中履き替えないだろう。そうスティーブは思っていた。オペラグラスから覗く景色。眼下に広がる緑の芝生が輝いていた。

先行はアレクサンドラ。

ニコルは守りから始まる。

アレクサンドラの目はキラキラと輝き、事件からの自由と高揚感でワクワクしているようだった。


一方のニコルはおかしいわ。まったく怪我をしていないようねと。落胆の色を隠せない。懸命に眉間にシワを寄せ改めて集中せざるを得ないニコルだった。


1セット目、剛速球のサーブで得点を重ねるアレクサンドラ。

早くも守りに回ったニコルは左右に振り回され、右に左に駆け回らされていた。

汗はコートサイドに飛び散り。お互いハッスルしていた。

その時!ニコルが足を滑らせ転倒。

なんということか?彼女は右足首をくじいたようだ。

すぐさま、タイムアウトを取るニコル。

彼女の目には大粒の涙が溜まっていた。流れ落ちる涙。汗。

額には苦しそうなシワが寄る。


彼女はその後、審判の元へ歩いていき棄権を申し入れた。


なんという、皮肉か。罪を犯したニコルが今、不運にも怪我をして、リタイアした。


1セット目で早くも決着がついてしまったウインブルドン女子決勝。

優勝はアレクサンドラだった。


胸を撫で下ろし、微笑むアレクサンドラ。勿論、まだまだ、たっぷりと体力を残していた。


控室に引き返す。2人は対称的に、天国と地獄の表情だった。



スティーブはニコルとその共犯者の叔父を起訴することはなかった。彼の犯行を裏付ける証拠は得られなかったからだ。ただ、事件は未然に防がれ、無事彼女は優勝した。これで良かったのだ。


記者のジムにこの話を帰って、聞かせると...


「フフ、悪は打ち砕かれる。自業自得だね。今回の事件も割合、さっぱりとしたものだったね。こんなに暑いんだから。血なまぐさい事件は勘弁してほしいものね。」と言うジムだった。


スティーブは「このオペラグラスを持って行ってなかったら、私もあの事件に気づかなかっただろう。良かったよ。」とホッとした様子だった。


翌日の新聞には安堵の表情で微笑むアレクサンドラの顔が大きく写っていた。次の大会も優勝、今度こそ、ちゃんと闘って取りたいと抱負を述べるアレクサンドラだった。


fin

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