第5話 戦闘開始!②
俺はもう一歩、前に踏み出した。
まるで――すべてを織り込み済みの男みたいな、やたら落ち着いた態度で。
コンクリートに、
……コツ……
と、小さな音が響いた瞬間。
世界そのものが、誰かに金色の時計の針を回されて――
そして、止められたみたいに、静まり返った。
その時――
「!?危ない!!」
マント姿の男の一人が、悲鳴みたいな声で叫んだ。
何かを必死に警告してる感じだった。
『……何言ってるか分かんないな』
別に俺が言語知らないわけじゃない。
博多弁、薩摩弁、沖縄方言、関西弁……そこそこ話せる。
休みのたびに写真撮りにあちこち行ってたせいで、自然と身についたんだ。
でも、この言葉は――聞いたことがない。
そんなことを考えている間に、
別の一人が、一瞬で間合いを詰めてきた。
マントが翻り、靴底が地面を蹴る。
シュッ――
「うわっ!!」
次の瞬間、
その大男は盛大にバランスを崩した。
まるで昔のギャグ漫画で見る、
バナナの皮で滑るやつみたいに。
どうしてそんなことになったかって?
さっき俺が落とした、
200円のネックレスが、ちょうどいい位置に転がってたからだ。
赤い結界の光を反射して、
運悪く……いや、運良く、完璧なトラップになっていた。
ドォン!!
派手な音を立てて男は転倒し、
結界の光が、びくっと揺れた。
「……!?」
もう一人のマント男が、目を見開いて固まる。
さっき起きた出来事を、必死に理解しようとしている感じだった。
『え、滑ったの?』
俺はその様子を見て、思わず小さく笑ってしまった。
それがまた、マント集団の空気を一気に怪しくした。
――こいつ、何かやっただろ。
そう思われてるのが、ひしひしと伝わってくる。
「な、何だあいつ……!
誘い込んで罠にかけたっていうのか!?」
「……っ!」
倒れた男が呻き声を上げ、起き上がろうと手をついた――
その手が、また例のネックレスの上に。
「ぐっ……!?」
二度目のスリップ。
今度は完全に沈黙。
そして、マントの下から、何かが転がり出てきた。
俺の足元で止まったそれは――
指輪だった。
結界の光を反射して、やけに綺麗に輝いている。
俺は一歩下がり、かがんでそれを拾い上げる。
……その瞬間だった。
火球が、
俺の頭すれすれを通過し、
背後の結界に激突した。
ドォン!!
赤い光が、水面みたいに波打ち、
結界には、今にも砕けそうなヒビが走る。
俺はかがんだまま、頭の中で考えていた。
『……今の、かがんでなかったら
頭と髪、まとめて焼けてたよな』
「……またやったな、お前」
「!?
魔法を撃つタイミングが分かっていたっていうのか!?」
手の中の指輪は、結界の赤に染まりながら、
銀色の金属のまま、ひんやり冷たい。
……なぜか、小さく震えている気がした。
まるで、俺を怖がってるみたいに。
「しかも、属性指輪まで奪っただと!?」
「全部……最初から計算済みってことか……!?」
俺はゆっくり顔を上げつつ、
片手で自分の頭を撫でて、ちゃんと残ってるか確認した。
さっきの火球、
ほんとにギリギリだったからな。
屋上にいるマントの連中が、
俺が一歩も動いてないのに、
なぜか同時に、同じタイミングで身構えた。
『なんでそんなに息ぴったりなんだよ』
『……相当、訓練してるんだろうな。
ちょっと羨ましい』
ビルの屋上には、六つの黒い影。
いや――
「立っている」というより、「構えている」と言ったほうがいい。
一人は、縁に腰掛けて足を組み、冷たい視線でこちらを見下ろしている。
その背後には、命も惜しまない右腕みたいな二人。
残りは柱にもたれて腕組み。
……何もしなくても、もう絵になる。
『くそ、かっこいいな。
あとで使わせてもらお』
「……あいつらは、異世界の組織。
名前は――『ナイト・シャドウ』」
小さな声が説明し始めたけど、
俺はほとんど聞いてなかった。
頭の中では、
ひたすらあのポーズと配置を分析していた。
組織って言ったら、こういうのだよな。
集団で無駄にかっこいいことするやつ。
屋上のあの構図――
足組んで見下ろすリーダー、
その背後に立つ側近二人、
柱にもたれるその他メンバー。
センス、めちゃくちゃいいじゃん。
黒マントで夜だと少し目立ちにくいけど、
俺の白コートほどじゃないにしても、
全体的には合格点だ。
小さい声は、まだ組織の理念とか成り立ちとか語ってたけど、
俺の耳にはほとんど入ってこなかった。
分かったのは――
・この子(女神っぽいの)を連れ戻そうとしてる
・少女
・世界規模の理想
……とか、その辺。
『……めんどくさ』
正直、俺には関係ない話だ。
俺はただ、
できるだけかっこよく生きたいだけなんだから。
俺はもう一度、指輪を見下ろし、
そして真剣な顔で連中を見上げた。
「聞いてくれ。
通じてるかどうかは知らないけどさ」
自分でも驚くくらい、
声が落ち着いていて――
『……俺、今めっちゃキマってない?』
「俺は、同じ理想を持つ相手を傷つけたくないんだ」
そう言って、
下にいる魔法を撃った男を指し、
屋上で足を組んでいる男のマントを指し、
さらに、結界の壁を指す。
マント集団が、ぴたりと動きを止めた。
「……お前らも、
“かっこよさ”を求めてるだけだろ?」
静寂。
そして次の瞬間、
一斉にざわめきが爆発した。
「な、なんで分かるんだ!?」
(あいつ、俺が魔力切れなのを見抜いてる!?)
(しかも、次は隊長だって言いたいのか!?)
(結界の弱点まで、正確に指したぞ……!?)
(こいつ……一体、何者なんだ……!?)
俺は小さくため息をつき、
心の中で真剣に考えた。
『下のやつは派手な魔法でキメてるし、
屋上のやつは構えが様になってるし、
結界も完全に演出用だよな』
『……俺もああいう魔法使えたらさ、
空中蹴り、風が吹いて、コートが翻って、
爆発が背景になって……
かっこよさ、ワンランク上がるのになぁ』
「なあ、女神。
あいつらと話せるんだろ?
指輪ちょっと譲ってくれって言っといてくれ。
そしたら、面倒なことにしないからさ」
『……まあ、示談金みたいなもんだ』
「その呼び方やめなさい!
私はセリアよ……はぁ……」
彼女の声が響いた瞬間――
「――――ッ!!」
サイズにまったく見合わない、
頭の中に直接叩き込まれるような声。
……なるほど、これがファンタジー。
マントたちの様子も変わり、
互いに顔を見合わせ、何か話し合い始めた。
一人が、俺の落とした200円ネックレスを指差し、
さらに、倒れている仲間を回収するよう指示しているらしい。
屋上にいた男が立ち上がり、
マントの下からネックレスを取り出すと、
赤い光が広がり――
漫画でよく見る、
転移ゲートみたいなものが出現した。
背後にいた二人が、
かなりの高さの屋上から、あっさり飛び降りる。
一人は、倒れていた仲間を担ぎ上げ、
そのままジャンプして戻る。
もう一人は、
地面に落ちていた200円ネックレスを拾い、
こちらに歩いてきた。
マントの下で何かを探るような仕草。
現れた手は、やけに細くて――
女の子みたいだった。
その手には、
淡い緑色の指輪。
……どう見ても、
「受け取れ」って感じだったから、
俺は素直にもらった。
彼女はそのままビル前に戻り、
屋上の二人と一緒に跳躍。
その時、ふわっと漂った香り。
……この世界には存在しない花の匂いみたいだった。
全員がゲートへと入っていき、
最後に指輪を渡してくれた彼女が、
一瞬だけ、こちらを振り返る。
……何か言いたそうだったけど、
そのまま消えた。
『去り際まで、かっこいいな……』
手の中の指輪が、
さっき拾ったもう一つの指輪と一緒に、
小さく震える。
……ん?
二個?
まあ、いっか。
それより――
これ、どうやって使うんだ?
俺は指輪を頭上に掲げ、
じーっと見つめる。
その間に、赤い結界はゆっくり崩れ、
灰色の空と、降り出した雨に染められていった。
周囲の地面の穴も、
壁のひび割れも、
まるで最初からなかったみたいに元通りになっていく。
――戦闘は、終わった。




