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第二話 月光亭

 挿絵(By みてみん)


 翌朝。


 私とノエルは、安宿の部屋で目を覚ました。

 昨夜、私たちお金を出し合って、この部屋を借りた。残った所持金はわずかだ。


「お腹すいたね」


 ノエルが、お腹をおさえて小さな声で呟いた。

 私も同じだった。昨夜、私たちは夕食を食べていない。


「月光亭で採用されたら、食事も出るって言ってたし頑張ろう。」


「うん……でも、もし採用されなかったら……」


 ノエルの琥珀色の瞳に、不安の色が浮かぶ。


(大丈夫。きっと、大丈夫)


 私は自分に言い聞かせた。


「大丈夫よ。前に進むしかない」


「……うん!」


 ノエルが明るい笑顔を取り戻す。


「よし。行こう!月光亭に!」


 私たちは簡単に身支度を整え、宿を出た。


 朝のクレセントベイは、活気に満ちていた。


 市場では、市場では、漁師たちが今朝獲れた魚を並べている。野菜売りの声が響き、パン屋からは焼きたてのパンの香りが漂ってくる。


「うう……いい匂い……」


 ノエルが、パン屋の前で足を止めた。


(私も、お腹すいた……。絶対に採用されなきゃっ!)


 ベイサイド通りは、港に近い商業地区にあった。飲食店や雑貨店が立ち並ぶ、賑やかな通り。


「あ、あれじゃない?」


 ノエルが指差した先に、一軒の建物が見えた。


 周囲の建物とは明らかに違う、立派な三階建ての建物。


 美しいクリーム色の外壁。磨かれた窓。整然とした外観。


 そして入口の上に掲げられた、精巧な看板――『月光亭』。


 三日月と星のデザインが施された看板は、職人の技が光る美しいものだった。


「すごい……。こんな立派な店なのに、お客さんが来ないの?」


 ノエルが驚きの声を上げる。

 私も、その立派さに圧倒されていた。

 建物の周囲は清潔に保たれ、窓ガラスも磨かれている。入口の扉も、丁寧に手入れされた木製で、重厚感がある。


「……料理が、よほどまずいのかしら」


 私が呟くと、ノエルは不安そうな顔をした。


「大丈夫かな……」


「大丈夫よ。行きましょう」


 深呼吸をする。

 もう後には引けない。

 扉をノックした。


「失礼します……!」


 しばらく待つ。

 足音が近づいてくる。

 扉が開く。


 そこには、大柄な男が立っていた。

 身長は180センチほど。筋骨隆々とした体躯。黒髪の短髪。四十代前半と思われる年齢。

 日焼けした浅黒い肌と、鋭い目つき。


 (怖い……)


 私は、思わず後ずさりそうになった。

 でも、その顔には人懐っこい笑顔が浮かんでいた。


「おお!来てくれたか!商人ギルドから連絡があってな。待ってたぞ!」


 男は私たちを見下ろして笑った。


「俺はマグナス。この店の店主だ。さあ、中に入れ。話をしよう」


 私とノエルは、互いの顔を見合わせた。

 深呼吸をして、店内へと足を踏み入れた。


 店内に入った瞬間、私は息を呑む。


 広々として清潔なホール。丁寧に磨かれた木の床。テーブルと椅子は、頑丈で美しいデザイン。

 そして、奥に見える厨房――。


 最新式の魔導加熱器具が三台。美しい調理台。完璧に整理された調理器具。

 どれもが一流品だと、一目で分かる。


「すごい……」


 思わず、声が出た。


(こんな完璧な設備……)


「ようこそ、月光亭へ」


 マグナスの声が、店内に響く。


「まあ、座れ。詳しい話をしよう」


 マグナスが、カウンターの奥からの椅子を引いた。


 私とノエルは、椅子に座わる。


「今回この店を任せたい理由だが。この店は趣味で経営してるんだ。」

 

 こんな立派な店を趣味で経営しているマグナスさんって一体…?


「本業でちょっと面倒な仕事が入ってな……。」


 マグナスさんが言うには造船ギルドから最新の魔導技術を組み込んだ船の建造を頼まれたらしい。

 職場までここから歩いて一時間以上かかるらしく職場に住み込みで働くことにしたとのことだ。

 

「お前たち。料理はできるか?」


「家庭料理なら……」


「わたしは接客ならできます!」


 ノエルが元気よく答える。


「そうか。じゃあ、お前が料理担当、お前が接客担当だな」


 マグナスは、あっさりと役割を決めた。


「あの……条件は……?」


 私が恐る恐る尋ねると、マグナスは笑う。


「ああ、条件な。住み込みで、食事は三食付き。それから、店の純利益の八割をお前たちに渡す」


「純利益の八割?」


 私とノエルは、同時に目を丸くした。


「正直、この店、全然客が来なくて困ってたんだ」


 マグナスは、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「見ての通り、設備は完璧だ。俺が全部作ったり、選んだりしたからな。建物の構造も、換気システムも、調理器具も、全部最高級だ」


「でも……」


 マグナスは苦笑した。


「本当にお客さんが来ないんだよ。開店当初は客も来たんだが、一度食べたら二度と来なくなった」


 マグナスは豪快に笑う。


「だから、お前たちが頑張って客を呼んでくれたら、その分はお前たちのものだ。俺は二割もらえればそれでいい」


 あまりにも破格の条件に、私は言葉を失った。


「あの……。なぜ、そこまで?」


 マグナスは、少し真剣な表情になった。


「お前たち、アルカディア魔法学園の試験、受けてきたんだろ?」


 私たちは驚いて顔を見合わせた。


「なんで分かるんですか?」


「俺、試験会場にいたんだよ。魔導具の整備係として臨時で雇われていたんだよ。お前たちのこと、覚えてる」


 マグナスは、私を指差した。


「杖も持たずに試験を受けてた平民の娘。周りの貴族どもが高価な杖を持ってる中、お前は何も持たずに魔法を発動させていた。魔法制御は一級品だったよ。惜しかったな」


 私の目に、涙が浮かんだ。


「それから、お前」


 今度はノエルを指差す。


「魔力の総量だけなら、あの試験場で一番だった。制御はめちゃくちゃだったけどな。でも、あれだけの魔力を持ってる奴は滅多にいない」


「本当ですか?」


 ノエルが、目を輝かせる。


「ああ。お前たち、才能はあるんだよ。ただ、環境に恵まれなかっただけだ」


 マグナスは、再び笑顔になった。


「だから、俺が投資する。お前たちの未来にな。この店で金を稼いで、来年また試験を受ければいい。今度は、ちゃんとした杖を買ってな」


 私とノエルは、互いの顔を見た。そして、同時に頷いた。


「お願いします!」


「よし!じゃあ、契約成立だ!」


 マグナスは、私たちの手を力強く握った。


 契約を交わした後、マグナスは私たちに建物を案内してくれた。


 二階には、事務室といくつかの客室があった。


「ここは、将来的に宿屋としても使えるようにしてあるんだ。今は空いてるから、好きに使ってくれ」


 そして、三階へ。


「ここが、お前たちの部屋だ」


 広々とした部屋。それぞれにベッド、机、椅子、衣装棚が置かれている。


「すごい……。ルミナすっごくいい部屋だよっ!」


「えぇ。」


(ここが……私たちの新しい家)


 胸が、温かくなった。



 マグナスは、私たちを一階の厨房に連れて行った。


「まずはこの魔導コンロだ」


 厨房の中央には、青白い光を放つ円盤状の魔導コンロがあった。


「これは俺が作ったんだ。魔力を注ぐと、その量に応じて火力が調整される。使い方は簡単だ。手をかざして、魔力を流し込む。ほら、こうやって――」


 マグナスが手本を見せると、調理器具が柔らかな光を放ち、その上に熱が発生した。


「じゃあ、お前さんやってみろ」


 私は、恐る恐る手をコンロにかざした。

 魔力を注ぐ。それは、魔法使いにとって基本中の基本の動作。


(緊張する……。)


 魔力を流し込む。


「よし、いい感じだ。そのくらいの――」


 その瞬間。何故か試験会場でのイザベラの言葉が脳裏に蘇る。


『その程度の魔力量で』


『身の程を知りなさい』


(違う……っ!私には魔力がある……。ちゃんと……、師匠と特訓したんだからっ!)


 思わず、私は魔力を注ぎ込む量を増やした。


「おい、待て!」


 マグナスの警告が間に合わなかった。

 コンロが激しく光り、次の瞬間――


「きゃあっ!」


 逆流した魔力の奔流が、私の体を貫く。

 魔力経路が焼けるような激痛。体中の神経が悲鳴を上げる。視界が白く染まり、意識が遠のいていく。


(痛い……痛い……!)


 でも、その薄れゆく意識の中で、私は「視た」。


 自分の体の中を流れる、無数の光の筋。

 それは魔力経路と呼ばれるもので、通常は感覚でしか認識できない。


 だが今、私の目には、それがはっきりと「見えて」いた。

 青く、美しく、複雑に絡み合った光の網。

 それが、私の体の中を駆け巡っている。


 そして、もっと別の光景も。

 白いタイルの床。ステンレスの調理台。プラスチックの容器に入った惣菜。

 制服を着た私が、手際よく唐揚げを揚げている――


(これは……日本……?)


 日本。脳裏に言葉が浮かんだ。


 私は、日本という国で生きていた。

 スーパーの惣菜コーナーで働く、料理人だった。

 唐揚げ、コロッケ、ポテトサラダ、煮物。

 毎日、たくさんの料理を作っていた。

 レシピ。調理法。火加減。味付け。

 全てが、記憶の中に蘇ってくる。


(そうだ……私、前世では……)


「前世……」


 その言葉を最後に、私の意識は闇に沈んだ。




 私は、ゆっくりと目を開けた。


 見慣れない天井。いや、さっき見た三階の部屋の天井だ。

 私が寝ているベッドの横では椅子に座ってノエルが寝息を立てていた。


 起こすのも悪いかとも思ったけれど状況がわからない。ノエルの肩を軽く揺さぶり声をかける。


「ノエル。ノエルっ!」


 その声にノエルが目を開ける。きょとんとした顔をしている。

 だが状況を理解したのかノエルは私の顔を凝視する。

 その目には涙が浮かぶ。


「ノエル……私、どれくらい……」


「丸一日!丸一日も眠ってたんだよ!マグナスさんが、すぐにここまで運んでくれて。魔力の逆流による一時的な気絶だから、すぐに目が覚めるって言ってたけど、全然起きないから心配したんだから!」


(一日……そんなに)


 私は、ゆっくりと体を起こした。


 不思議なことに、体のどこにも痛みはなかった。それどころか、妙に体が軽い。


「あれ……?」


 自分の手を見る。

 そして、驚愕した。


 手のひらから、淡い光の筋が見える。

 それは皮膚の下を流れる魔力の光。


 通常はこんなにはっきりとは知覚できないはずなのに、はっきりと視覚化されている。


(これ……見える……!)


 試しに、ノエルをみて目を凝らす。


 瞬間、私の視界が変わった。


 ノエルの体の中を、膨大な魔力が荒れ狂っている様子が「見えた」。


 まるで制御を失った奔流のように、ノエルの体の中を膨大な魔力が流れているのが視え視えた。

 それは、ノエル自身も制御できていない、野生の力。


「すごい……これが、ノエルの魔力……」


「え?何が見えるの?」


「あなたの体の中、魔力が暴れてる。すごい量……」


 私は、驚嘆した。


(こんなに膨大な魔力……試験官が驚くのも当然だわ)


 私は、自分に起きた変化を理解し始めていた。


 魔導加熱機器の事故。

 あの激痛は、魔力が逆流し体中の魔力経路を無理やり開いたのだ。


 そして、その衝撃が、何かを解放した。


 前世の記憶。

 日本のスーパーで働いていた、料理人としての記憶。

 そしてこの【魔力知覚】。


 物質や生命の魔力状態を視覚化する能力。


 私は、ノエルの目を見た。

 この能力のことをノエルに話すべきか?

 

(まだ今じゃないか……。私自身もまだ詳しくわかっていないし)


 「ルミナが目覚めたってマグナスさんに知らせてくるね。ルミナは休んでいてっ!」


 そういいノエルは慌ただしく部屋から出ていく。


 窓の外、月が昇り始めていた。

 

 (私、もしかしたら何かチート能力に目覚めちゃった?)

 

 美しい三日月を眺めながら心の中で呟やくのだった。

2話です。

2話を読んでくださりありがとうございます。


楽しく書いていきたいと思います。

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