第17話 呪いのエルフ、爆殺未遂に遭う
『――、――、――起きて?』
「……?」
初めての配信を終えた次の日、いつも通りの惰眠を貪っていた私を叩き起こしたのは、耳障りな大音声だった。
「――ピピ、目覚まし機能オン。これより十秒以内に起床しなければ、この部屋ごと爆破します」
「ふにゃ……?」
初めに聞こえてきた声とはちょっと違うような……。でもどちらにせよ、私の優雅な休日を邪魔していることには違いない。けど、その声には聞き覚えがあるような、ないような。
ぼんやりとした思考で微睡んでいると、追い打ちをかけるように無機質な声が部屋に響く。
「――ピピ、カウントダウンを開始します。9、8……」
うるさいなあ。もう少し布団の暖かさに包まれていさせてよ。
というか、何を数えてるんだろう?
「7、6、5……」
そう言えばさっき、何て言ってたっけ? 十秒以内に起きないと……?
――部屋を爆破?
「4、3、2……」
「え、え!?」
薄霧に包まれた意識が突如晴れる。私は咄嗟に声のする方向へと手を伸ばして、それを鷲掴みにするや否や、無意識に振り被る姿勢を取っていた。
「1――」
私がそれを窓から投げるのと、小鳥のカウントが終わりを告げるのはほとんど同時。
窓ガラスが割れるのも厭わず、屋敷の二階から放り出されたアトラと思われるモノは、放物線を描いたかと思った直後。
爆発した。
「――――」
割れた窓越しに、唖然と見守る私にダメージはない。というか爆発は極小さなもので、余程の至近距離でなければケガもしない程度だった。
でもそれは、外で爆発したからに他ならない。
爆煙の中から落下していくアトラにも、何故か傷一つついていない。地面に落下しても割れないそれを目の当たりにした私の全身からは既に、寝起きの倦怠感は吹き飛んでいた。
◆
「ちょ、ちょっとニドゥカ!?」
寝起きの一幕が決して夢ではなかったことを再確認した私は、庭で転がるアトラを回収してから食卓へと向かっていた。理由はもちろん、爆殺未遂についてだ。
開け放たれていた食卓がある一室へと飛び込んだ私は、そこで優雅にカップへと口をつける、黄金の髪を結わえた澄まし顔の女性を見つけた。
「おう、おはようさん。よく眠れたか?」
ニドゥカは口元からカップを離し、朝焼けのような邪気のない笑みを湛えた。ちらりと、視線を卓上へと向ける。そこに並べられた数々の料理が、私の眼と鼻と胃袋を刺激してくる。
「うん、おはよう――、じゃなくってえ!」
危うくニドゥカにはぐらかされそうになって、無理やり意識を戻す。私は手に持った小鳥の粘土細工を見せつけるように、ニドゥカの前に突き付けた。
「これ! どういうこと!?」
「あん? 起きてすぐに配信デバイスのチェックだなんて、配信者としての自覚が芽生えたか?」
「ち~が~う~! アトラに起こされたの! なんか爆発したし!? これも神の加護ってやつなの? 加護って何!?」
まくし立てるように言葉を吐き出した私は、一通り言い終えると荒れた呼吸を整えながら彼女の言葉を待つ。
彼女は少しの間、私に視線を向けていたけど、すぐにカップに手を伸ばして湯気が昇る中身を啜った。
「そうだ。配信者として必要な機能がアトラには備え付けられてる。起床用の目覚ましもその一環だな」
「いや! 爆発したんだけど!? 目覚ましどころか永眠するんだけど!?」
「安心しろ。その爆発はただの演出で、実際にケガをしたり周囲に影響が出ることはねえ」
「え、そうなの?」
「……らしい」
「らしいって! それで死んじゃったらどうするの!? 危うく直撃だったんだから! 今すぐ消してよ!」
机を優しくバンバンと叩いて私は怒りを露わにさせる。このままだと私は二度と朝陽を拝めないかもしれない。せめてベッドの上ぐらいでは心を落ち着かせてほしい。というか、毎日アレに起こされるのは勘弁だ。
そんな危機感が体を突き動かして、必死に訴えかける。
「はあ……、しょうがねえな」
「わかってくれたの!?」
そんな私の想いが届いたのか、ニドゥカは溜息を吐くと共にカップを机に置いた。
やっぱり話せばわかるんだ。私の胸からはスッと先ほどまであった怒りは消えていき、代わりに晴れやかな気分に満たされていた。
「ベルペオル、例のブツを」
「心得ておりますよ、ニドゥカ様」
俄かに心落ち着いた私の元へ、いつの間にか白髪交じりの壮齢の男性が佇んでいた。紺のモーニングコートに身を包み、白い手袋を嵌めたその手にはお皿と銀のクローシュが乗っている。
「わ、ベルペオルさん。おはよう」
私はこの家の執事、ベルペオルさんに挨拶を済ませる。佇む彼はニコリと柔らかく微笑むと、机の上にその皿を置いた。
「おはようございます、ギルハ様。どうぞ、こちらをお召し上がりください」
言葉と共に、銀色のボウル状の蓋が開かれた。そこにあったものに、私は思わず息を呑む。
「こちら、季節の果実をふんだんに使用したケーキでございます」
視界に映った皿に鎮座するそれは、登場と共に光の歓待を受ける。絹のように滑らかなスポンジに白雪のような見目麗しい生クリーム。そしてそれらすら脇役に追い立てるほどに、その上に積まれた数々の果物が、宝石箱顔負けなほどに存在感を主張していた。部屋の照明と窓から差し込む朝陽によってそれらは輝きを増す。白銀の大地に築き上げられた甘美な城塞はまるで神の住まう地のように荘厳となり、気品すら漂わせていた。
「え!? なんで!? 私お金ないよ!? それにまだおやつの時間じゃないし」
毎日午後三時に、この家ではお菓子が振る舞われる。まさか寝すぎたかと壁に掛かった時計を見るも、時刻はまだ朝の八時を差したばかりだ。
それにこれに見合う金銭を、私はまだ持っていない。
「もしかして夢?」
「いいえ、夢ではございません。このケーキはニドゥカ様からの少しばかりの心配りでございます」
「え? ニドゥカから?」
思わず彼女を見やったけど、彼女は悠然とカップに口をつけるばかり。もしかして照れてるのかな。もう、素直じゃないんだから!
澄ました顔をするニドゥカをニマニマと眺め、それから目の前の宝石に視線を向ける。
「も~、しょうがないな~。それじゃあ食べるからね! 今さらダメって言われてもあげないからね!」
言いながらベルペオルさんが引いた椅子に座って、フォークでケーキの一部を切り分ける。それから早々に、それを口へと運んだ。
「ん~~~~~~~~~~~~っ♡」
口内に広がるは上品な甘みと、爽やかな甘い酸味。気がつけば咀嚼も終えて、ついつい次の一口の準備を始めてしまっている。なんて美味しいんだろう。ひょっとしたらこれまで食べてきた甘味の中で一番美味しいかもしれない。
脳も思考もほっぺたも、とろけてしまっている私に、ニドゥカは安心したように息を吐いた。
「気に入ってくれたみたいで何よりだ。これなら納得してくれるか?」
「……、納得?」
二口目を食べ終えて、私は首を傾げる。いったい何の話だろうか。
「オマエ、昨日の夜、何食べた?」
「え? お金がないから木の芽を食べたよ?」
近くに生えていた木からもいで食べたけど、久しぶりに口にしてみたら意外と美味しかったな。
何でもない風にそう言うと、ニドゥカは心底呆れたように息を吐く。
「いやいや、もっとちゃんとしたもん食えよ。正直見てられないぞ」
「だ、だってしょうがないよ! 私、料理とかしたことないし……」
「知ってる。だから飯は出してやることにした。費用面は気にしなくてもいい。変なモン食われるよりはマシだ」
「え!? いいの? 私は嬉しいけど、どういう風の吹き回し?」
驚きのあまり三口目に突入してしまった。駄目だ、美味しすぎて手が止まらない。
「全部オマエのためを思ってのことなんだよ。飯の問題もそうだし、朝起きるのもそうだ。さすがに目覚ましだけだと、起きれなくなるだろうから、甘味っていうご褒美を用意することにしたんだよ」
「くっ……、これも罠だったんだね……」
「それが判明した今でも食う手を止めねえのは、よっぽど気に入ったってことなんだな……」
「だってこんなに美味しいのを残すなんてもったいないよ!」
味わって食べているつもりなんだけど、それでもケーキを食べる手は止められない。
「ほほ、それだけ幸せそうに召し上がってくださって、調理した者も喜ぶでしょう」
ベルペオルさんが和やかなにそう言うけど、これは私の朝の生活が懸かっていることだ。そう簡単に惰眠と引き換えに選ぶわけにはいかない。
朝は十二時頃まで寝て、そしてお昼を食べて、ニドゥカの使用人に闘技場へと賭けに向かわせ、私はそれをおやつを食べながら遠くから眺めて楽しむ。それが私の日課だ。少し小高い場所にあるこの邸宅から、闘技場の様子を道具を使えば見ることもできるから、これで家から出なくても私は退屈で飢えずに済んでいた。
これに未来の世界への探索が加わるというんだから、もう眠ることもできない。そうならないように、私は抵抗の意思を見せる。
「甘味は一日一回、この時間に出すことにした。朝早く起きねえと、もう甘味も食べられねえかもな」
「仕方ないな~! そこまで言われたら私も譲るしかないよね! もう、本当に仕方なくなんだからね!」
食べながら私は重い決断を下した。こればかりはどうしようもない。朝の微睡みよりも、大切なモノはあるのだ。さらば私の惰眠。
「ギルハ様。どうかわかってください。ニドゥカ様も、ギルハ様のためを思ってのことなんです」
「ええ~? 私が早起きをして何になるの?」
「ニドゥカ様はギルハ様に真っ当なお方になってほしいんですよ」
春風のような笑みを湛えるベルペオルさんに、私は内心首を傾げた。もしかして私、真っ当じゃないって言われた?
「おいこら、聞こえてんぞ」
ニドゥカが苦い顔をしながらこちらを見つめる。朝早いというのに、既に彼女の恰好はきちんと手入れされていて、格好いいな、と。改めてぼんやりとそう思った。
「ごちそうさま。いつもありがとうな。……あ、そうだギルハ」
「どうしたの?」
「ん、いや。大したことじゃないんだけどさ。朝早く起きたんだから閉じこもってないで、庭でも散歩したらどうだ?」
言われて、窓から外を見る。青い空からは緩い光が降り注ぎ、優しい風が木の葉を揺らしている。確かに、あの中を歩くのは気持ちよさそうだ。眠気も既に、どこかへ飛んで行ってしまっていた。
「うん。せっかくだし、久しぶりにそうしてみようかな」
ニドゥカの家にしばらくお世話になっているけど、庭を散策したのも一度きりだ。たまにはそういう日があってもいいだろう。
私の言葉に、ニドゥカは柔らかい表情を見せて、顎に手をつける。
よくわからないけど、嬉しそうだ。
「どうぞ、ギルハ様。久しぶりの朝食をお召し上がりください」
「あ、ありがとう」
いつもは気にならない空腹も、目の前に朝餉があるとやっぱりお腹は空く。お金もほとんどなくなって、こんな豪勢な食事を食べられるとは思わなかったけど、私はお言葉に甘えて勧められるがまま、ニドゥカに見守られながら久しぶりに朝食を口にするのだった。
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