第16話 魔滅の勇者は未来を救う
生まれた時から、恵まれていたと思う。それは親が裕福だったから。お金に困ることがなかったから精神にも余裕があったし、お金があるから自然と周りの環境も最適化されていく。人間関係に苦労したこともなく、学業の面でもついていけなくなったことはない。
つくづく、僕は満たされていたのだと感じる。
唯一の不幸は、大学に向かうある日、交通事故に巻き込まれて命を落としてしまったこと。
これで僕の人生もそこで幕を閉じた、と。そう思いながら永眠するはずだった。
でも、気がつけば僕の意識は途切れることなく継続していた。別に尽きた命が復活したわけじゃない。止まった心臓が息を吹き返したという奇跡なんかじゃななくて、いわゆるそれは、転生、と。そう呼ばれている事象らしかった。
そこはアナトリーと呼ばれる異世界。僕は、とある北国の王宮で、新たな命として生を受けた。
転生モノのアニメとか漫画は見たことがあったから、事態にはすぐに適応できた。前世、と言えばいいんだろうか。前の記憶を持っていても、別にこの世界で無双ができるわけじゃなかったけど、授かった力のおかげで特別な存在として育てられた。授かった力は【魔滅】。
つまるところ、悪い存在を、……厳密に言えば僕に悪意を持って来る存在を問答無用で滅ぼすことができる力だ。それを使って魔王を討伐せよということみたいだった。
そうして僕は勇者として、前世で死んだ頃の年齢にまで成長していた。
この世界には勇者と呼ばれる存在は複数いる。何でも、魔王に対抗出来うる力を持った人間のことを総称してそう呼んでいるようで、ともかく英雄として担がれるのは悪い気はしなかった。
順風満帆。この世界でも何不自由なく暮らせていた僕は、機会を伺っていた。正直魔王討伐にはいつだって赴けるけど、魔王の元に向かうまでが面倒くさい。四天王と呼ばれるやつらを倒さないと辿り着けないらしいし、色々と条件があった。
だけど、それを成し遂げてくれたやつらがいる。勇者ニドゥカの一行だ。
僕はここまでお膳立てをしてくれた彼女たちに代わって、魔王討伐だけ遂行できるよう根回しをすることにした。
そして、ニドゥカのパーティメンバーと口裏を合わせ、これも成功。僕たちは魔王討伐を成し遂げた。
「アスカ様。本日のお召し物になります」
「ああ、ご苦労」
僕は侍女たちに豪奢な衣服を着させてもらうと、自室から大広間へと向かう。
僕が今いるこの場所は王城内にある、魔王討伐を成功させたパーティのための宮殿。報酬としてパーティメンバー一人につき一つ与えられた、豪華すぎる大邸宅だ。
僕が王が住む宮殿の大広間につくと、すでに多くの衛兵と侍女たちが控えていて、最奥に視線を伸ばすと、黄金と深紅の衣装を纏う王の姿が映った。
「よく来た、勇者アスカ。いよいよ出立の時だな」
王の元へと大広間を歩く僕に、椅子に深く腰掛けるこの国のトップは落ち着いた様子で言葉を投げる。
立派な髭を蓄えた、威厳のある爺さんだ。でも、威厳だけじゃない。この国と自分の地位を盤石のモノにするために色々と画策しているような、姑息な人間でもある。
まあ僕からすれば、この世界での親みたいなもんだから、それに文句を言うつもりもないけど。
「国王。この度は僕を選んでくれて、感謝するよ」
「お前はこの世界を救った英雄だ。未来を救うのも、お前が適任だろう」
それを合図に、王の前に立つ僕の元へ侍女がやって来て、それを渡される。
小鳥の形をした、手のひらに収まるほどの粘土細工。精巧な形のそれは今にも飛び立ちそうで、美術の心得がない僕から見ても出来が良いと思えた。
「既に数度、未来への偵察は済ませている。数名の犠牲が出ているが、未来のためだ。死んでいったやつらも役に立てて喜んでいるだろう」
「王の言う通りだね。どうせ何もできない役立たずなんだから、それぐらいはやってもらわないと」
言いながら手渡された小鳥を優しく握り込む。
これから僕は、未来へと向かう。正直、未来のことなど知ったことではない。その頃には僕はもうこの世にはいないし、世界がどうなろうがどうでもいい。
でも断ると角が立ちそうだから、未来への跳躍は受け入れる。尽力するかは別の話だけど。
「未来なんてどうでもいいけどな。金さえ貰えるならなんだっていい」
「パリサンデロスは変わんないねえ。そういうのは思っても口にはしないもんさ」
「そう。ヘクタールの言う通り」
言いながら、大広間にやって来たのは三人の男女。弓使いの男、パリサンデロスに斧使いの女、ヘクタール。回復術士の少女、カサンドラ。全員、僕の魔王討伐に同行したパーティメンバーだ。
「皆、準備はいいかい?」
「おう。これも貰ったからな」
パリサンデロスは粘土細工の小鳥を掲げて、ニヤリと笑う。ヘクタールもカサンドラも、同様に小鳥を取り出した。
「いずれも他国から譲って貰ったモノだ。大事にするんだぞ」
「へえへえ、わかってますって」
その言葉とは裏腹に、彼は小鳥を手のひらで弄ぶ。いつ落としてもおかしくないほどにぞんざいな扱いをしているけど、まあ壊しても大丈夫なんだろう。
どうせ国王がまた別の国から譲って貰うだけだ。
「……では、メンバーも揃った。これより、未来への出立をしてもらう。全員、アトラに魔力を注げ」
言われるがまま握る小鳥に魔力を注ぐ。薄氷を踏むかのように、慎重に包む手のひらから、やがて小鳥が飛び立った。
「――ピピ、魔力供給を感知。これより、未来への転送を開始します」
無機質な声が四つ分、大広間に鳴り響く。何度か聞いた音だ。僕はそれを聞き流し、改めて国王に視線を向ける。
「国王、それじゃあ行ってくるね」
「ああ。向こうの世界に漂う瘴気は神から授かった加護で大丈夫だろうが、何か不測の事態があればすぐ戻るんだぞ」
「大丈夫だって。今回も上手くやるからさ」
5、4……、と。小鳥がカウントダウンを開始させて、次第に僕たちの体を淡い光が包み込み始める。
不安はない。何せこれまでの僕の人生において、失敗なんてないんだから。
僕は息を深く吸って、カウントの終了を受け入れる。
そして、転送が始まった。
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