境界戦線
ロイエンベルク歴328年、2月8日、0700、第二階級魔境
「マギア・フォレスタル」境界付近、ロイエンベルク王国ランデール辺境伯領にて。
けたたましい汽笛を上げ、如何にも簡素な造りをした軍用魔導列車が、寸分違わず駅のホームにピタリと停車した。
即座に駅員により客車…と言っても、軽装甲に覆われ、窓は完全に閉じられた物々しい雰囲気である…のドアが開かれる。
ぞろぞろと軽装の護衛部隊が降りると共に、全く軸がブレること無く、毅然かつ優雅に、目立つ勲章を幾つか付けた軍装の男が降り立つ。
その出で立ちには一部の隙も無く、顔立ちは非常に整っている。年の瀬は30代後半だろうか。
連絡将校のような服装を来た20代の若い男が駆け寄ると、周りの護衛部隊に見張られながら男に向けて最敬礼をし、口を開いた。
「ランデール辺境伯領邦軍第4旅団第186連隊所属の、マクシミリアンと申します。
エクセンプラー大佐の命に従い、お迎えに上がりました。
お会いできて光栄です、大公閣下。」
その男…大公はチラリとマクシミリアンの腕章を見ると、口を開き、こう言った。
「マクシミリアン少尉、お迎えご苦労だった。
直ぐに案内してくれたまえ、事態は一刻を争うと聞いている。」
「勿論です、大公閣下、こちらへ。」
マクシミリアンは歩き出し、一行を駅から連れ出した。
そこには装甲に身を包み、機関銃まで装備している装甲馬車と、兵員輸送用の輸送馬車が其々1台ずつ停車していた。
装甲馬車の運転手は一行を確認すると、手元のレバーを操作、すると装甲馬車の扉が開き、続いて輸送馬車の扉が開く。
どうやら装甲馬車に紐付けられた魔導馬車であるようだ。
一行は馬車に乗り込む。大公と共に装甲馬車に乗車したマクシミリアンがコンコンと御者側の窓を叩き、出発するよう伝えると、静かに馬車が走り出す。
軍用である為、お世辞にも走り心地は良いとは言えない。
マクシミリアンは少し顔を顰めるが、大公は顔色一つ変えず、涼しげに座り続けている。
マクシミリアンが居心地悪げに少し身じろぎした時、大公が口を開いた。
「少尉、現在前線はどのような状況だ?」
マクシミリアンは慌てて口を開く。
「現在、前線は逼迫した状況です。
参謀本部からの支援は盤石ですが、もしも第三等級以上の魔物が出没すれば、瞬く間に前線は瓦解するでしょう。
既にスタンピードの兆候もあり、部隊の士気は低下しており、指揮系統は混乱状態です。」
大公はそれを聞くと、暫く考え込む。
恐らく、士気は大公が到着すれば回復するだろう。
指揮系統に付いても、王国において、国王以外に大公以上の指揮権を持つ者は居ない。
更に、大公が派遣される事が決定した時、10.5cm魔導砲10門が先駆けて前線に投入された。
これを用いれば第三等級とてただでは済まない。
ここまでを1秒足らずで導き出すと、大公は口を開き、敬礼をするとこう言った。
「了解した。連絡御苦労。貴官の献身と協力に感謝する。」
マクシミリアンは目を輝かせ、答礼すると、装甲馬車には再び沈黙が訪れた。
2時間もすると前線に到着した。前線には計1000人以上の領邦軍が野営しており、近くの兵士は突然現れた装甲馬車と輸送馬車を訝しげに眺めている。
装甲馬車の扉が開くと、先ずマクシミリアンが降り立ち、その後に朝日に照らされながら大公が降り立った。
その神々しい雰囲気に近くの兵士は息を呑み、明らかに只者ではないことに気付いていく。
大公の周りに護衛部隊が集結すると、マクシミリアンの案内で直ぐに前線司令部に向けて歩き出した。
数分も歩けば最も大きな簡易兵舎に到着し、扉をくぐると直ぐに怒声が聞こえてきた。
「…ですから!!何故あの魔導砲を使わせてくれないのですか!?
アレさえあれば、直ぐにでも事態を収束出来るはずです!」
冷静な声が窘めるような口調で話す。
「それを判断するのはレイエンス、君ではない。
そして、私でもない。参謀本部が判断することだ。」
「しかし…クソッッ!!」
机を叩く音が響くと参謀らしき眼鏡の男が大公のそばを通りがかる。
その腕章から大公に気が付くと、直ぐに最敬礼を行った。
それに続いて司令官らしき男も最敬礼を行い、口を開いた。
「失礼、見苦しいところを見せてしまったようですね。
私はフリーフェン、辺境伯より前線司令部の司令官を拝命いたしました。」
それを受け、大公が口を開く。
「話は連絡将校より聞いている。本日付けでこの前線司令部の総指揮権を移譲された、ランデール元帥である。
これが命令書だ。
貴官の献身と協力に感謝する。」
そう言うと、大公は命令書をフリーフェン大佐に渡す。
大佐は命令書を確認し、そこに国王の印章が施されているのを見ると小さく、諦めたようにため息を吐き、思わず大公すらも見惚れるような美しい最敬礼を行い、言った。
「了解しました。本日付けで元帥閣下の指揮下に入ります。」
大公は気を取り直し、口を開くと、言った。
「繰り返すようだが、貴官の献身と協力に感謝する。
早速だが、直ぐに戦術を練る。
レイエンスの希望通り、魔導砲を使用する。
奴らを魔境に叩き出すぞ!」
「「ハッ!」」
その後、会議が行われた。会議では、先ず指揮権の移譲と、国王…大元帥閣下が如何にこの前線に注目しているかが熱く語られ、結果として、今回の作戦が決定された。
先ず、斥候部隊を派遣し、第三等級魔物の位置を特定、
囮部隊により所定のキルゾーンに誘導し、
10門の10.5cm魔導砲による全力砲撃と、
機関銃兵による一斉射撃により魔物を撃滅する。
囮部隊は150名を予定しており、もしも生き残れば勲章と共に金一封が贈呈される事が約束され、大公の演説と共に志願が募られた。
「諸君!先ずは、礼を言おう、これまで、この前線での貴官らの献身と協力、確かに王都ロイエンまで届いていた。
ありがとう。しかし、今一つ、再び貴官らに協力をしてもらわなくてはならない。
昨日、私は到着早々に作戦会議を開き、そこでこの停滞した戦況を覆せる、乾坤一擲の策を考案した…。
だが、勝利には犠牲が付き物である、この作戦には危険が伴う。
それも、非常に大きな危険だ。
正直、私が志願してそれで済むならば、此の身が亡びようとも代わってやりたい。
だが、私には諸君らに、諸君らの祖国を!王家を!思う心に訴えかけるしかない。
この作戦では、敵の第三等級魔物を引き付ける為の役回りが必要だ、そう、正直に言おう、私は諸君らに、囮役をしてくれと頼んでいるのだ。すまない。
だがしかし、それ相応の報酬は約束しよう!
もしも囮として参加してくれれば、勲章は勿論のこと、金一封を贈呈しよう、豪遊するもよし、将来の為に貯金するもよし、勉強代に当てて、より安全で稼げる職業に就くもよし、勿論家族の為に使ってくれても構わない。
さぁ、我こそはという勇あるものは手を挙げよ、挙げずとも責めはしない。
生きたいと思うのは当然の事だからだ。
それを保証するために我らが居る。
どうか、諸君らの家族、友人、そしてこの王国の為に!諸君らの力を貸してくれ!!!」
この演説により、領邦軍の士気は回復した。
その心中は王族に対する敬愛に溢れ、最終的に500名以上が志願したが、くじ引きの結果150名が選び抜かれ、囮部隊として行動することが決定した。
2月11日、0800、作戦決行日。
10人ずつで構成される斥候部隊α、γ、βがマギア・フォレスタルに突入、前線を魔導感応部隊が絶えず偵察し、斥候部隊からの伝達を待つ。
1045、斥候部隊より連絡あり。斥候部隊βが第三等級魔物を確認する。
『我、大型の人型第三等級魔物と接敵す、2名殉職するも、作戦行動に支障なし。引き続き斥候を続行する。』
これを確認した大公は、重々しく口を開いた。
「…そうか、2人、やられたか。」
これを受けて大佐が励ますように口を開く。
「…過半数がやられる事も珍しくありません。8人も生き残った、と考えましょう。」
「そうだな。その通りだ…魔導砲の用意はどうだ?」
目を閉じ、暫くの間ジッとするも、その後直ぐに大公は口を開いて、大佐に問うた。
大佐はそれに答える。
「ハッ、後方2km地点に魔導砲10門を設置しており、既にキルゾーンに向けた弾着調整も完了しております。」
大公は暫く考え込むと、大佐に向けて言い放つ。
「囮部隊をβに向けて派遣せよ、機関銃部隊の一部を所定のゾーンへ、魔導感応部隊の一部は囮部隊の誘導を行え。
斥候部隊αとγは直ちに斥候部隊βと合流し、援護を行え。」
「ラボール!!」
了解!!と大佐は答え、直ぐに側の連絡将校にこれらの内容を伝える。
これにより、本格的に作戦が始動したのである。
暫く待つと、斥候部隊が第三等級魔物の正体を看破し、それが「オーガ」であると確認された。
囮部隊がオーガを確認、所定のキルゾーンに向けて誘導を開始した。
「オーガだ!!」
「打て打て打て!やつを引き付けるぞ!!」
「くたばりやがれ!」
森に銃声が響き、徐々にオーガがキルゾーンに向けて移動を開始した。
そして…
大佐が気付き、大公に知らせる。
「閣下、来ました、オーガです!!」
大公は既に気づいていた様子であったが、顔色一つ変えずに大佐に聞く。
「フリーフェン、オーガがキルゾーンに近付くのに合わせて、機関銃部隊を所定の位置に配置せよ、斥候部隊は引き上げる。直ぐに本隊に合流させよ。」
大佐は、大公の冷静さに驚嘆しつつ、叫んだ。
「ラボール!」
10分もすればオーガがキルゾーンに侵入し、中心に餌として置かれた巨大な魔石に引き寄せられるように座り込んだ。
直ぐに囮部隊が撤退し、大公の命令を待つばかりとなった。
大公は目を閉じ、時を待つ。そして…
「…フォイエル!!!」
その瞬間、10.5cm魔導砲10門が一斉に稲光のような砲声を上げ、
魔導弾を射出、秒速950mで弾着し、
凄まじい爆風と着弾音で少しの間聴覚に異常が生じる。
そんな中でも砲撃部隊は次弾装填を行い、数分に一度の砲撃を続ける。
砲撃を行う毎にオーガの障壁が弱まり、次第に機関銃弾が通じ始める。
三十分もする頃には、オーガは胸と腹に巨大な穴を空け倒れ伏していた。
その砲声に怯え、他の魔物が出てくることは無かった。
大公が声を張り上げる。
「砲撃やめ!斥候部隊はオーガの生死確認を急げ、魔導感応部隊は境界での警戒を続けろ。オーガの死亡が確認され次第、状況を終了する。」
領邦軍は王国軍の兵器の威力に愕然としており、囮部隊はその半数以上が犠牲となっていた。
機関銃部隊もオーガの攻撃により2割が死傷し、最終的な本作戦の犠牲者数は120名を越えた。
とある魔導通信室。
「スタンピードの兆候は収まりました。あのオーガが原因で間違いないでしょう。
え?えぇ、ケガはありませんよ、彼等が護ってくれましたから。
えぇ、報酬の件はありがとうございます。
…一つ、よろしいでしょうか?あの砲兵部隊、これからはランデール辺境伯領に駐留させてはいかがでしょうか?
情が移ったか、ですって?いえ、違いますよ。
彼等は王国に対する忠誠心が足りないように感じます。
この程度の戦況で諦めるようでは、いつ裏切るか分かりません。
ですから、駐留軍を置くことで彼等を威圧するのです。
えぇ、えぇ、ありがとうございます。
それでは、これから王都に向かいますので、王城で会いましょう。えぇ、では、又。
陛下に忠誠を、献身と協力には報いを。
以上、境界戦線に異常なし。」