帰り道の災難
帰り道に何が?
農場で、子供たちと戯れるテレーザ王女。
生き生きとして、笑顔が輝いている。
それを見つめているのは、農場主や関係者たち。
子供たちがテレーザを農地に連れ出して行ったのは、完全な予定外だった。
子供たちが王女に洗いもしていない、しかも毒見もされていない野菜を食べさせていた。
これだけでこの農場は取り潰しを命じられるくらいな大ごとだ。
慌てる周囲を察したのか、
「わたくしの意思で、この子たちとこうしています」
とテレーザが言う。
それを聞いた農場関係者が、胸をなでおろすようにため息をついていた。
そして、第一侍女、レイアが
「姫、子供たちとのお過ごしもよろしいが、そろそろ城に戻るお時間です」
と声をかけた。
この時点でかなり予定時間を過ぎているのだ。
「えー、もう帰っちゃうの、また来てくれる?おうじょさまあ」
と先ほどの小さな子供が言う。
「もちろん、それに今度はみんなでお城に遊びに来るといいわ、みんなが作ってくれたお野菜を使ったお料理を食べに来て」
とテレーザが子供たちに言う。
子供たちはみな大喜びで頷いた。
そんな様子を、応接室の隣に用意されていた控えの間で見ていた
へレインとエマ。
用意してもらった、果物と野菜ジュースをたっぷりとご馳走になっていた。
「さあ、行きましょう。そろそろお戻りの時間だから」
とエレインに言われて部屋を出る。
子供たちと農地から戻って来たテレーザ。
手は泥だらけ、ドレスには草や枯れ葉がくっついている。顔は髪にもはねた泥がかかっていた。
「お手をお洗いください、こちらへ」
とエレインがテレーザを洗面所に行くよう促す。
そして、洗面台に着くと、手を出すテレーザ。
その手に石鹸を付け洗うのはエレインの仕事だ。
そして、水で流し、清潔なタオルで拭く。
泥の跳ねていた顔も、髪にもだ。
ドレスに付いていた草を払いのけ、着くずれていたスカートの形を整え、
そして、髪を撫でつける。
すべてエレインが行う、
テレーザは立っているだけだ。
そして、皆の待つ、農場の入り口へと向かうテレーザ。
後ろに、エレインとエマが従う。
農場主と関係者がうやうやしくお辞儀をし、訪問の感謝を述べる。
テレーザは少しほほ笑みながら頷くだけだ。
そして、来た時と同じように、馬車に乗り込んだ。
先頭の馬車に第一侍女、レイア、
2台目の馬車にテレーザたち。
そして、護衛の騎馬。
この帰り道でも、テレーザはエマに隣に座るように指示した。
黙って従うエマ。
また、エレインの視線がささった。
妬みの混じった視線だ。
一行が農場を出発し、城へと向かう。
子供たちがいつまでも後を追って走っていた。
やがて子供たちの姿も見えなくなった頃、
テレーザがドレスの袖の中から、果物をひとつ取り出した。
「さっきの子がくれたのよ」
とエマに見せながらテレーザが言う。
そして、その果物を半分に割ると、一つをエマに差し出した。
「どう?」
と言いながら。
びっくりして受け取るエマ。
エレインも驚きを隠せない。
そしてテレーザが自分の半分を一口かじった。
シャキッと音をたてて。
「王女、何をなさるのですか」
とエレインが叫ぶ。
その言葉を気にもせず、
「美味しいのよ」
とテレーザ。
エマももらた果物を食べてみた。
甘酸っぱく、歯ごたがいい。
「ほんとだ、おいしい」
と思わずエマが言う。
その言葉を聞いて、テレーザが笑いだした。
農場で子供たちといた時のような笑顔だ。
エマもつられるように笑う。
もちろん、ものすごく気を使ってはいたが、笑い声が漏れてしまっていた。
「もう、エマ、あなたねえ」
とエレイン。
その時、エマの表情が変わった。
と同時に、馬車の周囲に何かの気配がした。
窓から見ると、たくさんの鳥だ。
鳥が馬車を囲むように飛んでいる。
そして、すぐにその鳥は空に向かって上昇していった。
「あれは」
とエマ。
あわてて、外の様子を見る。
前を走るレイアの乗った馬車も、前後にいるはずの騎馬の姿も見えない。
しかも進んでいる道には霧がかかり見通しも悪い。
「迷わせ鳥だわ」
とエマ。
エレインも異変に気付いていた、が身を動かすことも出来ない、
エマが窓から身を乗り出して、御者を務めるカイに叫ぶ、
「ねえ、馬車を止めて、迷わせ鳥に導かれているわよ、迷路に連れて行かるわ。早く馬車を」
と。
しかし、その言葉が届かないのか、馬車が停まる様子はない。
「迷わせ鳥」
ファンタジーワールドのどこにでもいる、魔鳥の一種だ。
狙った相手を迷路に連れ込んで、道を迷わせるのだ。
永遠に迷い道から出られなくなることもある。
「王女の馬車と知っての事なの?」
とようやく言葉を発するエレイン。
エマは考えていた、自分も北の国ではたくさんの魔物から襲われた経験がある。
回避するにはどうすればいい。
王族や重要人物にはこのような事態にそなえ、魔力から逃れる能力を持った者、が同行しているはずだ。
自分ではない、そしてエレインでもないようだ、だとするとやはりカイだ。
カイと初めて会った時から、エマにはカイの能力が見えていたのだ。
それは、防御と守護の力。魔法使いだ。
王女の御者にはぴったりの力を持つカイ。
しかし、そのカイが全く反応をしていない。
迷わせ鳥に心を迷わされたか。
エマは馬車の窓から身を乗り出して、カイの元に向かった。
走っている馬車から振り落とされないように、しがみつきながらエマは御者席へと進む。
カイは何かに取り付かれたよに、無表情で手綱を握っていた。
「迷わされてるなあ」
とエマ。
すぐさま、先ほどの果物をカイの口に押し込んだ。
果物の果汁が、カイの口に広がる、そしてそれを飲み込むカイ。
「うわっ、俺は何をやっているんだ」
と我に返るカイ。
カイの表情が元に戻ると同時に、周囲の霧が晴れ今まで通っていた道が見えて来た。
しばらく進むと、先頭の馬車が停まっているのが見えた。
「第一侍女、レイアが外に出てこちらを見ている。
「まあ、何があったというのです?」
とレイア。
まずは馬車の中のテレーザの様子を確認するレイア。
いつもの無表情で、テレーザは何事もなかったのようにただ座っていた。
「迷わせ鳥に狙われたのですね。あなたが付いていながら」
とカイに向かって言うレイア。
「これは国王陛下にご報告せねばなりません」
とレイア。
「さあ、城へ急ぎましょう」
そう言うと、レイアは先頭の馬車に乗り込んだ。
エマも御者の席から戻ろうとするが、カイに止められた。
「できれば城までここにいてもらえないだろうか」
とカイ。
城まで、急ぎ戻る一行。
城に着くと、皆すぐに王の謁見室に来るようにと命じられた。
「面白かったわね」
テレーザがすれ違いざま、エマにこうつぶやいた。
その顔は、いたずらっ子のように笑っていた。
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