農場訪問
王女の外出
「それでは、あなたは今日はこのエレインについていろいろと教えてもらって」
と第一侍女のレイアに言われるエマ。
つい先ほど、テレーザ王女に初めて「お目通り」を済ませたばかりのエマ。
これから、テレーザ王女の侍女としての仕事が始まるのだ。
同じ新人の、カイ、マイの2人もそれぞれの持ち場に移動して行った。
「私はね、テレーザ王女の身の回りのお世話をしているの。近いうちに王女マネジメントチームに昇格する予定なのよ、だからあなたは私の後任、よろしくね」
とエレイン。
エレインに連れられて、テレーザ王女と初めての面会をしたこの部屋から、
さらに先に進む。
進んだ先に、小さな扉があった。
他の重厚な扉に比べると、薄く、そして優しい色合いに装飾されている。
ノックして扉を開けるエレイン。
その中に入ると、おもわず周囲を見渡してしまうエマ。
真っ白なふかふかの敷物が敷かれた床、壁には白を基調とした家具が並び、
ピンクの縁取りがアクセントになっている。
部屋の中央には、天蓋付きのベッドが置かれている。
白いレースの天蓋に、ピンクのベッドスカート、そして淡い色合いのベッドカバーがかけられていた。
どこもかしこも、まるでお姫様の部屋だ。
とエマは思った。
実際、姫の部屋なのだから、そう思っても当然なのだが、
テレーザ王女の寝室は、大抵の少女たちが思い描く姫君の部屋、そのものだった。
「姫様、こちらへ」
エレインの言葉に我に返るエマ。
ふとエレインの方を見ると、
テレーザ王女が、先ほどまで来ていたドレスを脱ぎ、下着姿で立っていたのだ。
結い上げていた髪はほどかれて長く垂らしている。
王女はエレインに言われるまま、寝室奥にある鏡の前に座った。
これも、白基調にピンクのアクセントが付いた、とてもかわいらしく、そして一目見て超一流の品とわかるドレッサーだった。
エレインは手早くテレーザ王女の髪をとかす。
そして、同じく部屋の片隅にある衣裳部屋から、一着のドレスを持ってきた。
先ほどまで着ていたものに比べると、いささかシンプルなデザインで落ち着いた雰囲気だ。
それでも、細部にまでこだわりの縫製で、生地はもちろんボタン一つに至るまで最高級品だ。
エマもエレインの横に立ち、手伝いをする。
ドレスを着ようとしたとき、一瞬足元がぐらついたテレーザ王女、
思わず、エマの肩に手をかけた。
その時、一瞬エマの顔を見るが、無言ですぐに手を離し、姿勢を戻していた。
初めて、間近で見るテレーザ王女。
確かに、派手さはない地味な顔立ちだ。
しかし、白く透き通る様な肌、意思をもった力のある目、つややかな長い髪。
それは銀に近い金髪だ。王妃とそっくりの髪だ。
エマにはこの王女がとても美しく、尊い存在に見えていた。
「私、この人が好きだ」
その時、エマは咄嗟にそう思った。
やがてテレーザ王女の身支度が整い、侍従が部屋まで王女を呼びに来た。
その日は近くの農場の慰問に行く予定だ。
「あなたも行くのよ」
とエレインに言わるエマ。
エレインの後を追うように、部屋を出るエマ。
侍従と共に王女、第一侍女、そしてエレイン、そして慌てて追いかけるエマ。
王女一行は長い廊下を進み、一つ上の階に移動した。
そして、これも優美に装飾された扉の前で立ち止まった。
部屋の中に通されると、しばらく待つように指示される。
かつて王室関連の雑誌で見たことがある、王族の居間、そんな部屋だ、とエマは思った。
部屋の奥に、これまた装飾品がこれでもかと施された大きな椅子があり、
そこに、王妃が座っていた。
そのひざ元には、ジャン・ルドルフ王子がいる。
「お母様、これから新しいお友達と城外のしょうがっこうに行ってまいります」
と王子が言う。
王子はこの日、クラウディアータにある公立の小学校を訪問するのだ。
着任したばかりの、新しい「お友達」を従えて。
先日の内定の日、近くにいたあの少年立ちが傍に控えている。
皆、小ぎれいな式服をきて、まるで小さな紳士のようだ。
「まあ、ジャン・ルドルフ、あなたの訪問を皆がよろこぶことでしょう。
よき一日を」
と王妃は愛おしそうに、王子を抱きしめて言った。
「それでは、まいりましょう」
と王子の侍従が言い、王子一行は王妃の居間を後にした。
「さあ」
第一侍女、レイアに促され王妃の間に進み出るテレーザ王女。
「これより、近郊の農場の視察に参ります」
とレイア。
王妃はその言葉を聞きただ頷くだけだ。
「行ってまいります、お母様」
とテレーザが膝をおり、頭を下げながら言う。
「よき日にするように」
と一言答える王妃。
先ほどの王子への態度とはまるで違う。
それでも王女も、侍女たちも気にする様子もなく、
王妃との面会を終え、部屋を出た。
「さ、王妃様へのご挨拶も済んだから、これから農場よ。
私たちは新鮮な野菜や果物を、食べさせてもらえるわ。」
とエレインがエマに言う。
エレインは王女に従い、このような訪問に行くことが多いのだ。
そのたび、王妃に出発の挨拶をするが、いつもそっけない。
王妃も、テレーザ王女も。
そんな様子を見たエマは、
宿舎の部屋で、
「テレーザ王女は疎んじられている」
と言っていた、ルナ・ルイーズの言葉を思い出していた。
クリスタルパレスの正門に馬車が待ち構えていた。
先頭の馬車には従者と第一侍女、レイアが乗り、
2代目の馬車に、テレーザ王女、エレイン、そしてエマが乗る。
馬車の前後には騎馬兵が2名ずつ護衛につく。
「北の国なら、国家元首クラスのご移動だわ」
とエマ。
エレインから、
「今回は近隣の訪問だし、テレーザ王女、おひとりだからこじんまりとしているんだけどね」
と言われたが、エマからしてみたら最大級のものすごいご一行にしか見えなかった。
「これでこじんまり、なんだ」
そう思いながら馬車に乗り込もうとしたその時、
「お、さっそくお仕事、こくろうさん」
と馬車の傍からこえがした。
そこには、同じく新人従者としてテレーザ王女の専属となったカイがいた。
王女の馬車の御者のようだ。
王女と侍女たちが馬車に乗り込むと、カイも御者の席に座った。
そして、王女の馬車はゆっくりと動き始めた。
王女の馬車はさほど大きくはなく、4人乗ればいっぱいだ。
まず、エレインが乗り込みそして王女が続いた。
王女はエレインと向かい合うように座る。
そして、御者、カイに促されエマも馬車に乗るが、どちらに座ればいいのかわからない。
王女の隣か、エレインの隣なのか。
「ここに」
その時、テレーザ王女が自分の隣を指さした、
王女自ら、エマを隣に座らせたのだ。
エマはエレインが一瞬驚きの表情を浮かべたのを見た。
それは、驚きとそして、「嫉妬」が混ざっている。
そうエマには思えた。
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