かすり傷
怪我は軽傷でしたが
「テレーザ、大丈夫なの?いきなり真剣使って怪我したって」
そう言いながら、テレーザの手を取り覗き込む葵。
門下生たちの稽古に参加したテレーザ。
そしてその入門の儀式とやらで祭壇に飾られている剣をふるった勢いで、腕を切ってしまったのだ。
「でもノジマさんが来てくださっている日でよかったわ。応急手当もしてくれたし」
と瑛子。
門下生の一人、ノジマと言う女性は医師でもあり、テレーザの怪我をすぐ診てくれた。
「いきなり真剣だなんて、オオヤマさんも何を考えているんだか」
と尊。
あの剣は特別な刀であり、扱いが難しく、相当な重量だ。
いきなり持って振るうなんて、熟練者じゃないと無理だ、女子なら持ち上げるだけでも大変なのに。
「儀式ってやってみたかったんだもの」
とテレーザ。
「でもさあ、あのオオヤマさんが真剣を持たせるなんて、テレーザのこと信頼してるんだな」
と駆が口を挟む。
あの祭壇に置かれた真剣はこの道場、いや倭剣術の貴重な宝だ。
話によると、国宝クラスの逸品なのだそうだ。
それを初めて倭剣術を習った、初めて会った異国の少女に持たせた、それだけで異例中の異例だ。
「でもほんとにかすり傷でよかったわ。テレーザって顔はもちろん、手にも足にも傷ひとつないじゃない。どれだけ箱入りなのよ、って思うほど。人種の違いかもしれないけど肌だって真っ白だし、
今まで、なんか怪我したこととか」
と葵が聞いたが、そこで口をつぐんだ。
今までの事を聞いたとしても、テレーザには答えられない。
「そうね、大きなけがはしたことがないと思うわ。でも消毒液の匂いで思い出したの」
テレーザがそこまで言うと、
「え、思い出した!」
と食卓にいた全員、瑛子、葵、尊、駆 がテレーザの顔を覗き込む。
「ええ、わたし、なんかこの匂い知ってるってね」
そう続けたテレーザに、
「なんだ、それだけか」
とがっかりしたように駆が言った。
「テレーザ様がお怪我をなされた。
お庭の木に登り、足を擦りむいたそうだ」
周囲が大騒ぎをしていた。
そして、抱きかかえられてどこかに運ばれた。
なんで?私、ちゃんと歩けるのに。
そう思いながら。
連れていかれた先で、大勢の白い服を着た人たちに取り囲まれて、
擦りむいた足を触られた。
「足のほかに、傷はないか、お顔にお怪我はされていないか」
誰かが叫び、身体を念入りに調べられた。
「膝の擦り傷だけですんで、よかった。これならすぐに治る。
ついでの姫とはいえ、王女のお怪我が跡が残るようなことがあれば、我々の立場がない」
白い服の人たちが話していた。
王女?
姫?
誰の事だろう。
私の事?
そういえば、私、いつも、ついで、って。
「ねえ、テレーザ、どうしたの?」
葵に言われて我に返った。
「ぼーっとしてたよ」
と駆も言う。
「ねえ、今夜はこちらの客間で寝なさい」
と瑛子。
軽傷とはいえ怪我をしたテレーザを一人道場に泊まらせるのは不安だと言う
「いえ、私は」
そう言いかけたテレーザに、
「そうだ、そうしろよ、テル」
と駆が声をかける。
「テル?」
と葵。
「そうだ、テレーザってのはいい名だとは思うんだが、倭の国には似合わない。だから俺が付けた、
テル、どうだ?」
と駆。
「テルか、倭の国の文字を当てはめれば輝くって意味よ」
と瑛子も言う。
「テル、かわいいです」
とテレーザ。
「俺は、今まで通りテレーザでいい。テレーザの母国の名だろう?尊重するべきだ」
と尊は言い放つ。
「どっちでいいじゃん。テルでもテレーザでも」
そう葵が冷静に言った時、玄関の扉が開いた。
父、孝太郎が帰って来たのだ。
「こちそうさま」
そういうと、そそくさと食卓を離れる葵、尊と駆も同様に自室に戻って行った。
孝太郎は、瑛子に出迎えられながら食卓に着いた。
まだ着替えもしていない、仕事帰りのスーツ姿だ。
慌てて席には着いたが、その時にはすでに子供たちの姿はなくテレーザが一人座っていた。
「おじさま、お帰りなさい」
とテレーザ。
こわばった笑顔でテレーザを見る孝太郎、少しがっかりした表情だ。
しかし、テレーザの腕の絆創膏を見ると、
「どうしたんだ、これは」
と瑛子に問い詰めた。
「大事にならなくてなによりだ」
事の次第を聞き、孝太郎が言う。
「では、私はこれで。おやすみなさいませ」
そう言いながらテレーザが家を出て道場に向かう。
「おい、今夜はここに泊まらせた方がいいじゃないのか」
と孝太郎が言うが、
「そう言ったのですが」
と瑛子。
テレーザも振り返り、
「私が、道場にお泊りたいっていったんです。私の意思です」
そう言う。
「いくら、ノジマが診てくれたとはいえ、医者に連れて言った方がいい」
と孝太郎。
医者なら、あの子の素性を探れるかもしてない。
そう考えたのだ。
オオシマの勧めで、真剣を持ち振るったテレーザ。
ここ、倭の国の国民以外であの太刀が持てそして振り下ろせるもの、それはごく限られた人間だ。
魔力を持つ者だ。
そのことは、この道場の伝承者しか知らない。
先代の父は自分が亡き後、孝太郎が道場を継ぐ者と信じて疑わなかった。
父は自分を継承者として認め、いくつかの秘伝を残したのだ。
それなのに、自分は道場を解散し今に至っている。
そんな後ろめたさが孝太郎の心にはずっとくすぶり続けていた。
道場の隅の小さな部屋。
テレーザのためにいろいろとそろえてもらったかわいらしい女の子の部屋だ。
絆創膏を貼られた腕をさすりながら考える、姫、王女、そして、ついで。
何も思い出せなかった。
ダメだ、今日は考えるのはやめよう、頭が痛くなりそうだ。
そう思い、ふと
「舞踏会」
についてタブレットで調べてみた。
稽古で、ノジマに言った「舞踏会に出られるくらいには」その舞踏会、何か思い出すかも。
ファンタジーワールド各国上流階級で行われるダンスパーティーのこと。
子女たちのお披露目や社交の場としての意味合いもある。
こんな説明があったが、それだけでは何ひとつ思い出すことは出来なかった。
いつのまにか、テレーザは眠りについていた。
夜中、かすかに腕の痛みを感じた。
しかし、目覚めてはいないがこの腕の痛みが、なにか強く腕をつかまれて引きずられるように走ったことを夢の中で思い出させていた。
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