王女の侍女
王宮での生活、どうなる?
テレーザ王女付の侍女となったエマ、
採用式典が終わると、皆それぞれ一旦宿舎に向かった。
遠方の小国からやって来ているエマ、ここでは王宮内にある侍女専用の宿舎で暮らすことになる。
同じように、宿舎に入る少女たちを連れて、先ほどの侍女頭、マリアが先導しクリスタルパレスの
裏階段に進む。
ここは、侍従や侍女、いわゆる使用人たちが使う通路だ。
表の華やかさはない。
質素な創り、しかし重厚さは変わらずだ。
しばらく歩くと、マリアが数名ずつ名を呼ぶ。
長い廊下の左右に、同じような扉が並んでいる。
2番目の扉の前でエマの名が呼ばれた。
全部で3人の少女たちが名を呼ばれ、その扉の前に立ち止まった。
「さあ、ここがあなたがたのお部屋ですよ」
と扉を開けながらマリアが言った。
中に入ると、部屋には5つのベッドが並んでいた。
そして、既に部屋にいた2人の少女がエマたちを出迎えてくれた。
「ようこそ、クリスタルパレスへ。私たちは昨年の採用よ。これからは同室になるのよ、よろしくね」
とそのうちの一人が皆にそう声をかけた。
新入りの3人は、与えられたベッドと小さな戸棚に荷物を置き、先ほどまでの緊張が解けたように
やっと穏やかな表情になった。
「荷物をおいたら、こちらへどうぞ、自己紹介しましょう」
と先輩の少女。
この部屋には、ベッドの並ぶ寝室と、トイレ、浴室、そしてソファの置いてある談話室があった。
エマの故郷の家より広いかもしれない。
談話室に部屋の皆が集まった。
先輩の2人、そして新入りのエマたち3人だ。
「私はルイス、去年の採用よ、って言ったわよね。ユリアナ・マーガレット王女の侍女よ」
と先ほどエマたちを招き入れた少女が一番に話し始めた。
「私はね、エレナ。ジャン・ルドルフ王子の侍女よ」
ともう一人の先輩が言う。
「私は、アレクサンドラ、南の小国から来ました。カタリナ・オルセウス王女の侍女に決まりました」
と新入りの一人の少女が言う。
「初めまして。ルナ・ルイーズと言います。フィオナ・クリスティーネ様の侍女です、もう嬉しくて。あ、城下町、クラウディアータの出身です。」
ともう一人の新入りの少女。
そして、皆の視線はエマに注がれた。
「私はエマと言います。北方の小国から来ました。名もない小さな村の出身です。
お仕えするのは、テレーザ王女です」
とエマ。
エマの言葉に一瞬、皆の表情がこわばる。
注がれていた視線は、先ほどまでの暖かいものから、同情にかわっていた。
「あの、あなた、それでいいの?大丈夫なの?」
とルイスが心配そうに言う。
「なに、が、ですか?」
とエマ。
聞かれていることの意味が分からない。
「テレーザ王女の侍女だなんて。ご辞退申し上げて来年、改めて採用試験を受けることもできでしょう?」
とエレナも同じく、哀れなものを見るような表情で言う。
「辞退だなんて」
とエマがつぶやく。
本来なら、王宮からのお達しを平民が辞退するなど、言語道断、下手をすると処罰の対象となる。
しかし、今までもテレーザ王女の侍女に指名された者が辞退を申し出たことがあるのだそうだ。
そしてそれはお咎めを受けることもなく認められたというのだ。
「エマ、故郷の皆さんも、あなたの侍女の採用、よろこんでくださったんでしょう?それなのにテレーザ王女付きだなんて。お母様が悲しまない?」
そう声をかけてきたのは、アレクサンドラ。
彼女も南の国の実家を出るときには盛大な壮行会が催されたそうだ。
それほど、王宮の侍女となると言うのは名誉なことなのだ。
誰に仕えるか、それはにもよるのだが。
「私の地元では、私が初めて侍女に採用されたんです。
なので、どなたにお仕えしようが皆大喜びだと思います。
私も、どの姫様、王子様の侍女になろうとも、全力で職務を尽力するつもりです」
とエマが皆に言う。
それでも、周囲の視線は、
「哀れな侍女」
を見る目、だった。
エマたちは、その日はその後、使用人たちの食堂で夕食を摂り、そして部屋の風呂を使いベッドにもぐり込んだ。
食堂からの帰り道、エマは隣に並んで歩いていたルナ・ルイーズに聞く、
「テレーザ王女ってそんなに」
そこまで言ったところで、ルナ・ルイーズが指を口に当て沈黙するように指示した。
「部屋に戻ったらね」
そう言いながら。
部屋に戻ると、ルナが小さな声で、
「テレーザ王女、ついでの姫って言われていてね、目ただないし、それほどおきれいでもないし、
存在感薄いのよね。だから人気もなくて」
とエマに言う。
エマの住む小さな小国の片隅にまではそんな噂は届いてはいなかった。
「王陛下や王妃様もテレーザ様を疎んじてらっしゃる。
3人の姫がいるから、次は王子、って期待したのに4人目の王女だったしね。
でも、これはここで大っぴらに言っちゃだめよ、王族の悪口なんて聞かれたら大変だもの。
王族の皆さまは、あからさまにテレーザ様を虐げたりなさるくせに、私たちはダメだなんて、
腑に落ちないけど、しかたないわよね」
と続けるルナ。
宿舎の消灯の時間となり、部屋の灯りが落とされ、
皆、ベッドに入った。
新入りたちは疲れているのか、すぐに周囲からは寝息が聞こえていた。
そんななか、一人寝付けないエマ。
中庭で見た、テレーザ王女。
確かに、姉姫や王子のような華やかな美しさはない。
どちらかと言うと、地味な印象だ。
しかし、その目の奥に強い光を持っている。
そして、心には秘めたる力がみなぎっていた。
エマにはそれを感じ取ることができた。
「あの力、真実の美を導き出す、あの能力。たぐいまれな才能だわ」
とエマはそう思った。
それだけの事を察するだけの、洞察力がエマには備わったいたのだ。
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