満月の夜
テレーザの危機
「満月の夜、テレーザ王女への消滅の儀式が行われる。」
ごく一部の者だけがこのことを知っていた。
テレーザ自身も内密にされていた。
満月の夜には、家族水入らずで夕食を摂り、そのあとテレーザは自室に戻りそしてバルコニーへ出る。
そこで、遠方より放たれた「消滅の矢」に射抜かれる。
そんな段取りだ。
そして、公式には
「テレーザ王女は体調不良により無期限の療養にはいられました」
との発表がなされる。
そして、テレーザはその後、表舞台にその姿を現すことはないのだ。
「消滅の矢」
王族を葬る時に用いられる魔力が込められた矢だ、
心臓を射抜かれれば、一瞬にしてその身は霧となり、天に帰ってゆく。
犯罪を犯した者以外の王族の処刑方法だ。
テレーザが消滅させられる。
それだけの事をしてしまったのだろうか。
事前にこの事実を知らされた3人の姉たち。
第一王女、フィオナ・クリスティーネは父に意見をした、しかし聞き入れられることはなかった。
彩の国と同等に扱われない、それがそこまでの事なのか。
元々、食物を司る彩の国は5大王国の中でも重要度が高く、その威厳もかなりのものだ。
それに比べると、美の国は生命存続のために必須となるものがない。
格差は歴然としている。
それなのに、何故そこまで彩の国と平等な立場にこだわるのだろう。
いずれ自分がこの国の女王となる。
同じ状況に陥った時、自分は我が子を葬ることなどできるのだろうか。
平然とテレーザへの制裁を自分たちに伝えた父、ジャン・グレゴリー国王。
表情も変えず、動じることもなく。
せめて、家族だけでいるときくらい取り乱してもいいのに。
毅然として、振舞う王にフィオナは違和感さえ感じていた。
満月の夜、国王一家水入らずでの夕食が始まった。
テレーザが消滅させられることを知っているのは、王と王妃、そして3人の姉だけだ。
テレーザはもちろん、まだ幼い弟ジャン・ルドルフ王子にもこのことは内密にされている。
もしも、テレーザがこの事実を知ったそしても、彼女は逃げも隠れもしないだろうが。
「仰せのままに」
とだけ言い、矢に射抜かれるだろう。
テレーザの姫君格付けランキングへの出場をなんとしても止めればよかった。
じわりと後悔の念にかられている第3王女、ユリアナ・マーガレット。
面白半分で、ランキングへの参加を薦めたユリアナ。
それがこんな結果になろうとは。
「ついでの王女」であろうと、テレーザは自分の妹だ。
今まで、姉妹らしい関りはほぼなかった。
それでも、テレーザが消滅することなど微塵も考えていたなかった。
異国に嫁いで、会うことはほぼなくなるだろう、そう思った時もすこしだけ寂しい気がした。
しかし、テレーザは消滅するのだ、その存在はもちろん存在したという形跡すらなくなるのだ。
涙があふれそうになるユリアナ。
斜め前に座っているテレーザの姿がかすんで見える。
「態度に出さないの。気付かれるでしょ?」
と隣からユリアナに釘を刺したのは第2王女、カタリナ・オルセウス。
カタリナは平然としながら、天気の話題など当たり障りのない会話をしている
その表情にまったく揺らぎはない。
いつも通りのカタリナだ。
テレーザにはあまり興味がなく、空気のように扱う。
テレーザと話をするときは、まるで独り言を言っている様だ。
テレーザに悟られないようにという配慮か、そう思いたいがそれは違うようだ。
「テレーザ、今夜は冷えないようにお布団をちゃんとかけて眠るのですよ」
と母、エリアルド王妃が言う。
しかも、テレーザの目を見つめながら。
「はい、お母様」
テレーザが困ったように答えた。
今まで、自分に向かって言葉をかけたことが何度あっただろうか。
「今日はどうしたのですか?」
と思わず口の出したテレーザ。
一瞬、凍り付くような空気が流れた、王と王妃、3人の姉たちの間で。
そこに口を挟んだのは、ジャン・ルドルフだった。
「ねえ、お姉さま、お姉さまってよくベルデの森の奥にいってるでしょ?
今度僕も連れて行ってよ」
と無邪気に言う。
ベルデの森、テレーザに魔法を教えてくれたダイナ夫妻の住むこの森。
ダークウルフやたくさんの魔獣がはびこる、魔力に満ちた神秘の森だ。
そんなところに行きたいだなんて、ジャン・ルドルフにも魔力がるのだろうか。
それなら一度、ダイナ夫妻に判定をしてもらいたい。
ジャン・ルドルフをダイナの森へ連れて行くのもいいかも。
「じゃ、今度いきましょう。お母様がいいって言えばだけどね」
とテレーザ。
「ねえお母様、今度僕、テレーザお姉さまとベルデの森へ行ってもいいでしょう?」
と甘えた声で言うジャン・ルドルフ。
「そ、そうね」
エリアルド王妃は少し声を震わせて答えた。
「今度」が来ることはないのに。
テレーザがいなくなればルドルフが悲しむだろう。
あんな「ついでの王女」であってもルドルフは姉のテレーザを慕っている。
早く、忘れさせなければ。
明日以降、数々のイベントをルドルフのために準備しよう。
途切れることなく、楽しい事をやっていればテレーザの事を思い出すこともないだろう。
「も会えないのね」
思わず、目頭が熱くなるエリアルド王妃。
しかし、それはテレーザの消滅で心を痛めるであろうルドルフの事を思っての事だった。
「では、そろそろ我々は」
王がそう言い、エリアルド王妃、ジャン・ルドルフを連れて部屋を出た。
出る間際、テレーザの側に寄り、一瞬その顔を見る。
これで見納めとなる、そう思った王。
しかし、それでも負の感情がわくことはなかった。
「では、私も」
とテレーザが席を立った。
そしてそのまま自室に戻る。
そこにはエマとレイアが待っていた。
「ご家族でのお食事、いかがでございました?」
とレイアが聞いた。
「そうねえ、なんかぎこちなかったな、みんな」
とテレーザ。
そして、そのままバルコニーへ向かおうとするテレーザ。
このまま外に出れば、そこで射抜かれる。
その時、テレーザの部屋の扉を叩く者がいた。
ドンドンと大きな音を立てる扉。
エマが開けるとそこには、ユリアナ・マーガレットが立っていた。
「テレーザ、こっちへ」
そう言うと、周囲を気にするように眺めながら、ユリアナがテレーザをつれて
クリスタルパレスの広い廊下の先へと向かった。
そこには、普段は王族が通ることもないような、質素な廊下が続いていた。
質素な廊下を二人は走る、テレーザとユリアナ・マーガレット。
そしてクリスタルパレスを抜けベルデの森の奥にたどり着いていた。
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