「美の国 王宮」すべてお任せを
侍女の素性が
「うわあー」
そんな声が響いた。
ほんの一瞬。
チョビに引きずられるように、深い穴へと落ちて行った葵、尊、駆。
そこは、直径1メートルほどのまるで古い井戸か何かのような円形の穴だ。
しかしどこまで深いのだろうか。
3人と1匹はどこまでも、どこまでも下へと沈んでいく。
その頃、
クリステルパレスのテレーザ王女の部屋。
「あなたたちはさがっていいわ。支度は私の、特別な存在がやるから」
とテレーザが言うが、
「それはいけません。今回ばかりは譲れませんよ、王女」
と侍女の一人が言う。
「さあ、ご入浴を」
と部屋の浴室へと促されるテレーザ。
数人の侍女が脱衣所で、テレーザの服を脱がせようとする。
あわてて、それを拒否するテレーザ。
「じ、自分でできるから」
と言いながら。
「ご自身で、ございますか、王女様が?
そんな事をしてはなりません。わたくしどもにお任せを」
と侍女は譲らない。
しかし、すべてを侍女に「任せる」なんて今のテレーザには無理な事だ。
都留田の家では出来ることは、自分でやる。
それが普通だった。
最初は風呂の入り方など、まるでわからなかったのだが。
「だから、ここでも」
とテレーザは出来ることは、侍女に頼らず自分でやる。
それを貫きたい。
侍女たちの言葉を、無視するかのように自分で衣類を脱ぎはじめるテレーザ。
しかし、さすがに見知らぬ侍女たちの前で、裸体になるのは気が引ける。
「さあ、王女」
と声をかけてきたのは、マルグリッタだった。
ここに居る侍女たちの中で唯一、テレーザが顔を知っているのがこのマルグリッタだ。
「お手伝いいたします」
とマルグリッタ。
テレーザから脱いだ服を受け取り、タオルを渡す。
他のテレーザには全く何もさせないを貫こうとしている侍女とは、少しばかり接し方が違うようだ。
タオルを巻いたテレーザが、浴室のバスタブに入った。
なみなみとお湯がはられ、湯船には薄いピンク色の入浴剤が入れられている。
お湯はちょうどいい湯加減で、思わず「ふぅ」と声が漏れるテレーザ。
小さな手桶で、テレーザの肩に湯をかけるマルグリッタ。
マルグリッタは、テレーザの身体がある程度身体が温まったのを確認すると、お湯に石鹸の粉を入れた。
みるみる泡があふれるバスタブ。
この泡で、身体を洗うのだ。
「ここは美の国ね」
とテレーザが思う。
倭の国の都留田の家では、バスタブから出て、身体や髪を洗うのだ。
美の国ではそんなことはしない。
バスタブの中ですべてを済ませるのだ。
かつてはこれが普通だった。
そして、侍女がすべてをやってくれた。
服を脱がせるのも、身体を洗うのも、自分は何もしない。それが当たり前だった。
「私も変わったわね」
と思わず笑うテレーザ。
「どうなさいましたか?」
とマルグリッタが声をかける。
「いいえ、なんでもないわ。あなたは、どこかで侍女をやっていたの?」
と逆に聞くテレーザ。
マルグリッタの手際よく手馴れている動作、だけれど王女の世話はしたことがないのでは、と思えることもあり興味が湧いていたのだ。
「わたくしは、彩の国の貴族のお屋敷に仕えておりました」
とマルグリッタが言う。
「そう、彩の国ね」
とポツリ言うテレーザ。
そして、
「あの人たちも?」
と浴室の後ろで控えている、他の侍女たちを見た。
「そうです」
と答えるマルグリッタ。
ちょうど、テレーザの髪に付いた泡を落とすために、シャワーを使っていたのでその会話が
後ろの侍女たちに聞かれることはなかった。
入浴を終えてたテレーザが、バスローブをまとい鏡の前に座る。
髪を乾かし、身体に保湿クリームを塗り、顔には丁寧に化粧水をつける。
すべてマルグリッタが一人でやってくれた。
何かと手を出そうとする、他の侍女たちをうまく言いくるめて。
テレーザこのマルグリッタになら、任せられる、そんな気がして
彼女にだけは、されるがままになっていた。
「王女、この後、譲渡の儀でお召しになるドレスですが」
と他の侍女が声をかけた。
見たところ、数人いる侍女たちを束ねているリーダー的な存在の侍女のようだ。
「お任せするわ。動きやすいものにしてちょうだい」
とテレーザが言う。
ここもマルグリッタに頼みたいところだが、こういうことは第一侍女の役目だ。
彼女がその役割を担っているなら、これを他の侍女に頼んでは彼女の面目が立たなくなるだろう。
それがマルグリッタへの八つ当たりで理不尽なことをされても厄介だ。
「では、わたくし姫様のお衣装を調達してまいります。あとは任せたわ」
とその侍女が嬉々として言った。
他の侍女もあとに従い、テレーザとマルグリッタが残された。
「あの、王女」
とマルグリッタ
王宮内で王族に仕える侍女は、今後の予定の伝達など、一部の必要事項を除いては、原則として自分から話しかけてることは許されない。
例外は、特別な存在だけだ。
それなのに、マルグリッタはテレーザに何かを言おうとしている。
「知らないんだ」
とテレーザ。
王宮内のいろいろなしきたり、これを知らずにここにいるマルグリッタ。
自分だけなら、見逃してやることは簡単だ。
「なに?」
とテレーザが答える。
「あの、先ほどまでお召しだったあのお洋服なのですが、ここのものではないですよね」
とマルグリッタ。
ホイ王子とベルデの森への散策に向かった際、着ていたのはいたってカジュアルな
シャツとパンツだった。
これは倭の国から葵が持ってきてくれたものだ。
葵と一緒に激安衣料品店でお揃いで買ったのだ。
「これ、私の故郷で流行っているお洋服で、懐かしくて恐れながらお話しさせていただきました」
とマルグリッタ。
自分に話しかける事、それが恐れ多いという自覚はあるようだ。
「故郷?」
とテレーザ。
自分に話しかけてきたことよりもマルグリッタの故郷に興味をそそられる。
「はい、わたしの故郷は倭の国という辺境の小さな国なんです」
とマルグリッタ。
その言葉を聞いたテレーザは、一瞬まじまじとマルグリッタの顔を見つめていた。
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