「美の国 ベルデの森」コース外
ベルデの森へ
「お二人だけであの森に入られるなんて。あそこはコース外のはずだ」
そう言いながら急いで宮殿を出ようとするケイン。
その後ろを追いかける葵。
かなりのスピードで歩くケイン、付いて行くのがやっとだ。
「そんなに急がなくても」
と葵がいうが、すでに息が切れており言葉がとぎれとぎれだ。
「いや、あの森は」
とケイン。
かなり焦っているのが、後ろからでもよくわかる。
宮殿を出て、テレーザとホイが先ほどまで話をしていた花壇のある中庭にやってきたケインと葵。
その奥にベルデの森が広がっている。
その入り口で立ち止まるケイン。
あれほど焦っていたと言うのに、森に入るのをためらっているようだ。
そんなケインの横を通り越し、歩みを進める葵。
その迷いのない姿に、
「ここからはベルデの森だぞ」
と声をかけるケイン。
「だから?」
と葵は一言答える。
「ここにはどう猛な野獣がうじゃうじゃしているんだとか。こんな危険な森が城に隣接しているなんて、
美の国はどうなっているんだ」
とケイン。
「大丈夫よ。でも怖いんだったら入るのはやめましょうよ」
と葵が言う。
「しかし、殿下が」
とケイン。
「テレーザ王女が付いているから危険はないわ。彼女はこの国の王女よ、ベルデの森の魔獣たちも彼女にはひれ伏すもの」
と葵が言うと、
「彼女?」
と小さく呟くケイン。
普通侍女は仕えている主の事を、「彼」とか「彼女」などと呼ぶことはない。
「そうですか。ではあなたを信用して。特別な存在ともなるとその信頼関係もさすがですね」
とケイン。
「でも、なんで王子たちが森に入ったのがわかったの?」
と葵が聞く。
あのラウンジで、何か連絡を受けた様子もなくいきなり、
「王子が森へ入った」
と言い出したのだ。
「それは」
とくちごもるケイン。
「それは、なんというか、直感というか。王子も予定外のコースを進むとは」
と歯切れ悪く話す。
このケインも「力」を感じることが出来るのだろうか。
それならば、自分が偽りの侍女であることくらい、すぐにわかるはずだ。
そして、テレーザが「ロイヤルサナトリウム」などに行っていない事もすでに承知しているはず。
「とにかく、森に深入りされるのは危険だ。早めに引き上げていただこう」
とケインが言った。
未だに姿は現さないが、ホイ王子専属の魔法使いマルク。
かつてはダイナ夫妻の弟子だったという、有能な魔法使い。
そのマルク、ホイとテレーザの動向をずっと監視しているに違いない。
ベルデの森に入らせたくない、マルクの意向なのだろうか。
テレーザはホイをダイナ夫妻に会わせるために、森にはいっているのだろう。
2人の森への侵入をケインに伝え、森から遠ざけよと指示でもしのだ。
なぎさ公園で一緒にバーベキューをしたマルク。
その時はごく普通の好青年に見えていた。
ダイナ夫妻が言うような、野心家などとは到底思えない。
あれは偽りの姿だったのだろうか。
しばし考え込む葵に、
「どうしました?さあ、殿下たちを探しましょう」
とケインが声をかけた。
「急がないと、殿下とは色々打ち合わせることが山のようにあるので。
早めに散策を切り上げていただきたいものだ」
とケインはそう言いながら森の中を進み始めた。
「打ち合わせる?」
と葵が言うと。
「あなたには正直にお話しましょう。殿下とテレーザ王女には美の国国王より王位譲渡の儀に臨んでいただくのです。
その前に、王女には殿下と共にこの国を治める意思をお示しいだたかなければいけないのですが。
そして、殿下と共に国王より王位を譲りうけられる手はずとなっております」
とケインが事の次第を葵に伝えた。
「この国の次期君主は、第一王女ではないの?」
と葵。
「第一王女、フィオナ・クリスティーネ様は王家の魂をお持ちではなかったのです」
とケイン。
「そんなことって」
と葵が驚きの声を上げる。
美の国、第一王女フィオナ・クリスティーネ。
倭の国にまで、その噂は届いていた。
美しく気高い、美の国の次期女王として。
それが、王家の魂を持たない姫だったとは。
「陰謀ね」
と葵は心で言う。
テレーザから聞くところによると、第一王女が王家の魂を持っていない、そんなことはあり得ない。
少なくとも、テレーザが美の国を追われるまではフィオナ王女は正当な時期女王だったことに間違いはない。
それが、何かの陰謀により、その地位を奪われたのだ。
「革命なの?それとも侵略?」
と葵、
テレーザを連れ戻す旅が、とんでもない大きな出来事にまきこまれようとしている。
「でも後には引けないわ」
と改めて葵は思う。
テレーザが自分の道を進むために、自分はどんなことでもする。
「おいお前たち」
とそこでいきなり声がした。
しかし目の前には誰もおらず、顔を見合わせる葵とケイン。
「ここだ」
と再び声がした。
その声はかなり地面に近いところから響いていた。
思わず、下を向く二人。
そこには、
「早くこの場から立ち去るがいい」
と言い放つ犬がいた。
「チョビ?」
と葵。
「この犬は?」
とケイン。
「我は」
とチョビが言いかけたのを遮るように、
「これはテレーザ王女の愛犬、チョビと言います。王女のお友達にと、言葉を話せる特別な力を授かった宮廷犬なのよ」
と葵が言った。
そして葵はチョビを抱き上げた。
愛おしそうに抱きしめるフリをしながら、
「いいところに来てくれたわね。で、私はどうすればいいの?」
とチョビの耳元でささやく葵。
すると、チョビは
「まかせて」
というが早いか、葵の腕から飛び降りて、
「さあ、着いてきて」
と二人の前を歩き始めた。
応援していただけるとうれしいです。




