「美の国」旅行者、到着
葵たちが美の国に到着
「行ってしまったのね」
と瑛子が言う。
都留田の家の居間、つい先程までここに居た3人。
尊、葵、駆、その姿が消えていた。
「本当に大丈夫なのか」
と孝太郎。
さすがにうろたえたようで顔が青くなっている。
「大丈夫よ。約束したでしょう。もしも危険がせまったらここに引き戻すって」
とオルト婆が言う。
私に任せて、と言わんばかりの表情で。
「そうならんことを祈るがな」
と爺が言った。
3人を遠い異国から瞬時に呼び戻す、相当な力が必要な魔法だ。
そしてかなり特殊な能力を要する。
オルト婆がそれが可能な数少ない魔法使いなのだ。
しかし、それはオルト婆の命と引き換えになる。
瑛子も孝太郎も知らない事だったが。
「なら、安心していいんだな」
と孝太郎が言った。
自信あふれる笑顔で、孝太郎に向かって頷くオルト婆。
それを見つめるオルト爺の寂しげな目がどこか悲しそうだ、と瑛子は感じていた。
「ここ、どこよ」
「なんだ、森か?」
「空気が、澄んでいるな」
尊と葵、そして駆が呆然と立ちすくんでいた。
まったく知らない場所だ。
まだ日中のようだが、木々がうっそうと生い茂り周囲は薄暗い。
あたりを見回してみても、木に遮られて様子がわからない。
「私たち、飛ばされたのよね?」
と葵。
「だよな」
と駆が不安げに言った。
「おい、お前たち、色々と覚えているか?」
と急に早口で言う尊。
「なによ?」
「いきなり」
そんな二人に、
「100から7ずつ引き算してみろ、できるか?」
「100,93,86,えっとそれから」
と駆。
「もう、ばかだね、79で、72でしょ、それから65,58」
と葵が言った。
「出来るんだな、まあ、駆は計算苦手だから仕方ないか」
「だから、なんなのよ」
そう言う葵に、
「記憶の混濁が起きていないかって聞いてるんだよ」
と尊が言う。
「そうか、テレーザが倭の国に来た時、自分の事わからなくなっていたものね。
戻るのにだいぶかかったよね。
私は大丈夫よ、私、都留田葵、パパとママの顔も思い出せるし、ここに来たいきさつもしっかりと覚えてる」
「俺もだ」
「そうか、それならよかった。あの爺さんの移動魔法のお陰だな。
大抵の場合、長距離の移動だと少しはダメージがあるんだけど、あの爺さん、相当な能力の持ち主だ」
と尊。
「そうね、テレーザを探してここに来たはいいけど、自分の記憶がおかしくなっていたらあの子を探すどころじゃないもの。
お爺ちゃんに感謝しないとね」
と葵も言った。
「100だろ、93だろ、86だろ、それから」
と駆はさきほどの引き算に再度挑戦中だ。
「だからさ、もう計算はしなくていいよ。気にしない気にしない、あんたの数学赤点はみんな知ってるから」
と葵に言われて、
「くっそ、これからは数学もがんばる」
と何故か気合を入れる駆だった。
そんな駆の様子に笑う尊と葵。
そして駆もつられるように笑った。
しかし、すぐに現実に戻る3人。
ここは、美の国であるのは間違いないだろう。
だか、そのどこにいるのか皆目見当がつかない。
そもそも、美の国がどんな形状なのか、地図をきちんと見たこともなかった。
「あ、タブレットもだめだ、圏外」
と尊。
「私のスマホも」
と葵も言う。
「ここ、森だよな。下手に動くと遭難とかずるんじゃね?」
と駆が言う。
多少の荷物は持っているが充分な水も食料もない。
森の中を何日もさまよう訳にはいかない。
その時、遠くで遠吠えの鳴き声が聞こえた。
「美の国の森には魔獣がいる」
とテレーザが言っていた。
「どうしよう」
急に不安が押し寄せたのか葵がか細い声で言った。
「まずは水の流れているところを探そう。水の流れは森の外につながっているはずだ」
と尊が言い、周囲を探索することにした。
薄暗い森のけもの道を歩く3人。
遠くで聞こえるのは何か動物の遠吠え、そして上空からは奇妙な鳥の鳴き声もする。
「なんか不気味な森よね」
と葵。
「あのさ、テレーザが倭の国に来た時、自分が誰なのかも、ここがどこなのかもわからなくて、
随分と不安だったでしょうね」
と葵が言った。
あの時のテレーザ。
急な雨に降られて、一人濡れながら立っていた、と母瑛子が言っていた。
「心細かっただろうな」
尊。
「でもさ、案外、何にも感じてなかったりして、あいつ神経図太いから」
と駆は言うが、葵にちらりと一瞥された。
その時、周囲の草がガサガサと音を立てた。
その向こうに何かがいる。
硬直して立ち止まる3人、
思わず身構える。
「いざとなれば、逃げよう」
と尊が言う。
「どこによ」
と葵が答えたその時、
草むらの合間から、何か小さなものが動くのが見えた。
こちらへやってくる。
「あれ、あんた?」
とその姿をいち早く見つけた葵が叫んだ。
「おまえ、なんでここに」
と駆も言う。
「付いてきたのか?」
と尊。
そこには都留田家の愛犬、チョビがいたのだ。
3人をまえにしてちょこんと立ち止まるチョビ。
かわいらしく首をかしげている。
思わず、手をのばす葵、
その時、
「おいおい、気軽に触るな。わが名はチョビ。お前たちの案内人、いや案内犬だ。
勝手にうろちょろするなよ、探したじゃないか」
とチョビが低いだみ声で話し始めたのだ。
その声は威厳のある低く響く声だった。
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