「美の国」何かがおかしい
何か違和感が
朝、目を覚ましたテレーザ。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
「ここは、私の部屋じゃない」
すぐにそれに気付いた。
テレーザにとっての自分の部屋、それは倭の国、都留田の家の道場脇の小部屋だ。
小さいけれど居心地のいい、落ち着く場所。
それが、今いるのは。
大理石の床に堅苦しい家具。
天蓋の付いたベッド。
ベッドから抜け出すと、寝室の窓を開けた。
朝陽が降り注ぐ大きな窓。
目の前に広がっているのは、王宮の中庭、そしてその奥のベルデの森。
この空、この空気、この風、ここは美の国だ。
側には瑛子も葵も、誰もいない。
自分はただ一人、ここ美の国の王宮にいるのだ。
そのとき、寝室の扉が開き、慌ただしく侍女が入って来た。
「姫様、お目覚めになられたんですね。すぐにわたくし共をお呼びくださいませ」
そう言いながらテレーザに駆け寄る侍女。
その侍女に見覚えはない。
「あら、いつも朝の支度は自分でやっていたじゃない」
とテレーザが言う。
「そうでございましたか。それでも、今後はわたくし共に」
と侍女が慌てた様子で言った。
「やっぱり、この人は私の事を何一つ知らないんだ」
とテレーザは思った。
かつてのテレーザは、朝の支度はもちろんほぼすべての身支度などは、自力でやったことなどない。
すべて、侍女の仕事だった。
朝、起きるとともに侍女が待ち構えており、着替え、洗面、髪のセットなどすべてを取り仕切ってくれた。自分は言われるがままにしていればそれでよかった。
今この場にいる侍女たちも、それなりにテレーザはの身支度を整えた。
まったく侍女としての経験がないというわけではないらしい。
着替えを済ませると、寝室から居間へと移動した。
ここも、テレーザ王女の部屋だ。
「ここだけで都留田の家より広いわ」
とテレーザは思った。
居間のソファに座るテレーザ。
しかし侍女は何をするでもなく、後ろに控えているだけだ。
朝、身支度を済ませてこのソファに座ると、必ず侍女のレイアがやってきてその日の予定を伝えた。
大きな行事は事前に知らされているが、再確認や詳細などのほか細かなスケジュールをレイアの口から聞くのが日課だった。
そのレイアの姿もない。
第一侍女のレイア。
「あなた、お名前は?」
とテレーザが後ろにいる侍女に聞いた。
「あ、わたくしはマルグリッタと申します」
とその侍女は言った。
「そう、よろしくね」
とテレーザ。
テレーザはもうその侍女の顔を見ようともしなかった。
「誰なのよ」
と心でつぶやくテレーザ。
王家の風習を何も知らないらしい。
新しい侍女はまず、一番偉い侍女に付き添われて挨拶に来る。
王女から名前を尋ねることなど、あり得ない。
「今日は?」
とテレーザが振り向きもしないで言った。
後ろに控えていたマルグリッタはテレーザの言葉が自分に向けられたのかかわからず、返答できずにいるようだ。
「そうよ、あなたに聞いているの」
とテレーザが言う。
まるでマルグリッタの心境を察したようだ。
しばらくの沈黙の後、
「すみません。私は何も存じておりません。後ほど係の者が参りますのでその者から説明があるかと」
と小さな声で言った。
テレーザはもうそれ以上何も言わなかった。
この人に何を聞いても答えてはくれないだろう、そう思ったからだ。
「王女、どちらへ?」
とマルグリッタが慌てて声をかけた。
テレーザがいきなりソファから立ち上がり、部屋を出ようとしたからだ。
「裏庭を散歩してくるわ」
とマルグリッタを見ることもなく言うテレーザ。
「その係の者ってのが来るまで、何をしていてもいいってことなんじゃないの?」
そう言い残すと、マルグリッタが止めるのも聞かずそのまま部屋を出て行った。
裏庭に出ると、そこは若葉の匂いが漂う。
花壇の花々は咲いてはいるものの、手入れは行き届いていない。
ところどころに雑草が生え、枯れた葉が落ちたままだ。
「庭師はいなくなっちゃったのかしら」
とテレーザ。
裏庭の花壇はテレーザのお気に入りの場所だった。
専任の庭師とよく一緒に、手入れをしたものだ。
はやり、何かがおかしい。
テレーザはここに戻って以来ずっと違和感を抱えていた。
父である国王とは未だに帰国の挨拶もできていない。
通常なら、遠方から戻るとまずは王と王妃に会って戻ったことを報告する。
それがしきたりだ。
テレーザのように、少々訳アリだったとしても例外ではなく。
侍女の事も、城の廊下で姉たちの気配がしないことも。
自分の部屋ではあるのだが、まるで他人に家のようだ。
テレーザが独りで裏庭に出て行っても、あの侍女マルグリッタは後を追ってもこない。
今までなら、侍女のだれかがこっそりと見張っていた。
それをかいくぐり、一人っきりでベルデの森まで行くことも多々あったのだが。
「まったく野放しね」
とテレーザ。
周囲に誰かの気配がないのがよくわかった。
「それなら」
とテレーザは歩き出した。
「あの子たちに聞いてみるか」
そう一人つぶやき、向かったのは侍女たちの居住地域だった。
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