懐かしい森、そして悪意
テレーザの思い出が。
「ビューティーコンテスト」マダム部門、二次選考のために集まった参加者たち。
準備を終え、本番までのひと時をゆっくりと過ごしていた。
ホテルのラウンジでお茶を飲んでいたり、最上階にあるスカイビューテラスに行ったり、
テレーザたちのように、庭園で散策をしている者たちもいた。
控室にいた出場者や付き添い、全員が退出したのを確認し、係員がドアにカギをかけていた。
出演者たちの衣装や小道具、私物が置かれている控室。
常に係員によって見守られていた。
「あの、中にはいってもいいですか?」
と控室に戻ってきたのは、リーズルから「エモーショナル」をもらったあの少女だ。
「忘れ物をしちゃって」
とその少女。
「そうですか、ではどうぞ」
そう言うと係員は笑顔でドアを開けた。
中に入ると少女はため息をついた。
そして、手に持った「エモーショナル」の小瓶を見つめる。
しばらくして、向かったのは瑛子たちの荷物が置かれている場所だった。
「よくしてもらったのに」
唇を噛みながらそうつぶやくと少女は、すこしだけ悪意のこもった目つきになると、たまき母子が持ってきた、切り花が入れられたバケツに手を伸ばしていた。
「テレーザ?どこに行くの」
一人で庭園の奥に進んでいこうとするテレーザに慌てて声をかける瑛子。
この先は「神秘の森」、その入り口から木々が生い茂り、その奥は薄暗く見通すことも出来ないほどだ。
「この先、森よね。虫とかいるんじゃない?」
とたまきも同様に言う。
「思い出したんでしょ?」
とリーズル。
周囲は不思議な顔をして、リーズルを見た。
「懐かしい?」
とちらりとテレーザを見て言うリーズル。
「どういうことよ?」
と問うたまきに、
「あの、美の国の王宮にはね」
とテレーザが話し始める。
美の国の王宮、その裏手に広がるベルデの森。
そこはテレーザの遊び場で、草花に触れ、動物たちと戯れた。
思い切り走ったり転んだり、木登りだってした。
木の実をついばみにきた小鳥とおしゃべりをして、流れる小川の魚たちと一緒に水遊びをした。
心から笑える、唯一の場所だったのだ。
そこに住む、魔法使いダイナ夫妻から、自分の魔力をどう扱えばいいのかすべてを学んだ。
そのおかげで、ベルデの森に多く生息する魔獣たちとも、トラブルを起こすことはなかった。
「あの森はね、あの森の中だけはね私が私でいられる場所だったんだよ」
とテレーザ。
「この先から、ベルデの森と同じ空気が流れてくるの。だから行ってみたくて」
と続けた。
そう言うテレーザの表情は、どこか憂いがる。
「そう、そういうことなら、行きましょう。あなたの大切な場所に似ているのね。ならば私も見たいわ」
と瑛子。
「うわー、テレーザの故郷にはそんな素敵な場所があるんだね」
とたまき。
そして、
「で、王宮?美の国?テレーザ、あんたって?」
と一瞬、探るような目つきのたまきだったが、
「それは聞かないのよ。知らない方がいいこともあるわ」
とたまきの母、しずねが囁いた。
「私もうかつだったけど、言葉には気をつけないとだね。あんた、元々はもぐりの旅行者でしょ?」
とリーズルが申し訳なさそうに言う。
テレーザの正体を知るのは、都留田家の人々だけだ。
それをリーズルは察していた。
もぐりの旅行者になった王族、そんなの完全に訳アリだ。
正体をむやみに知られるのは都合がいい事ではない。
「ほんと、ごめん。さっきのあの会話、みんなの前で言うことじゃなかった」
とリーズルは申し訳なさそうに言った。
美の国だの、王宮だのの言葉をテレーザから引き出してしまったのはリーズルがきっかけだ。
そんなリーズルの謝罪をを聞いているのかいないのか、テレーザは既に小走りで「神秘の森」の中へと進んでいた。
しかしながら「森」とはいえ、人工的に作られた森林。
遊歩道は整備されて、小鳥や小動物はすべてが人工的に放たれ飼いならされていた。
怪しい魔獣たちの気配は一切ない。
一瞬、がっかりするテレーザ。
それでも、この空気は、やはりベルデの森そのものだ。
「すごいわね、ホテルの敷地内にこんな森があるなんて」
と瑛子。
確かに、ここが街中だとは思えないほど自然そのものだ。
「神秘の森」その中心部までやってきたテレーザたち。
そこには、ひときわ大きく立派な木があった。
その根元に、プレート付けられている、それには
「聖なる樹木、倭の国、建国100年記念 寄贈 美の国国王」
と書かれていた。
「やっぱり、ベルデの森の木なのね」
とテレーザ。
その大樹に幹に手を当て、耳を付ける。
幹の中心から聞こえる大樹の声がテレーザに語り掛る。
「テレーザ、王女テレーザ、かわいそうな姫君」
と。
ー私、かわいそう、なんかじゃない。今とても幸せだものー
まるで木と会話をしているようなテレーザの様子を見守る瑛子たち。
テレーザの顔は、どこか寂し気でそして嬉しそうだ。
瑛子がそんなテレーザの背中に手を差し伸べようとしたその時、
ハッとした顔をしたテレーザが、幹から身を離した。
「控室に、戻りましょう」
取り繕うような笑顔でそう言うテレーザ。
足早に、来た道を引き返す。
「どうしたの?そんなに慌てて」
とリーズルが聞く。
「木の精霊がね、早く戻れって」
とテレーザ。
控室に戻って来たテレーザたち。
係員に頼み、鍵を開けてもらい部屋に入ると、そこには。
さきほどたまきたちが持ってきてくれ、バケツに入れておいた花々が、
床に散乱していたのだ。
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