第十六話 ギリギリの艦隊防空戦
「敵編隊接近、数60以上!」
「方位270からも接近!」
米海軍第3艦隊が攻撃を受けている頃、日本海軍第一機動艦隊もまた攻撃を受けていた。
「五十三、六十一駆逐隊は接近中の敵編隊に射撃を集中、他は空母上空の敵に射撃せよ」
一機艦の護衛部隊たる第十戦隊、その旗艦矢矧から配下の艦艇に指示が飛ぶ。一機艦の護衛艦艇は少ない。空母9隻に対して軽巡1、駆逐艦12隻、この少ない戦力でいかに敵の攻撃を耐え、敵を引き付けられるか。
「敵機、一航戦、五航戦に接近!」
「五十二、四十一駆逐隊、射撃開始!」
秋月型の長10センチ砲、矢矧の長12.7センチ・長8センチ砲、松型の12.7センチ砲が砲弾を打ち上げる。松型駆逐艦——、丁型とも呼ばれる本級は戦時急増型駆逐艦であり、その性能は決して高くない。それでも、本作戦では空母の護衛として駆り出された。魚雷発射管を撤去し、40ミリ四連装機関砲を搭載、さらにありったけの25ミリ機銃を搭載するなど改装によってハリネズミと化した松型8隻は、秋月型に混ざって対空戦闘に加わった。空が対空砲火によって埋め尽くされる中、勇敢にも敵機は攻撃を仕掛けてくる。
「敵降爆、翔鶴に急降下!」
対空砲火を潜り抜けたSB2Cヘルダイバーが1,000ポンド爆弾を投下、翔鶴の飛行甲板は炎に包まれた。
「翔鶴炎上、発着艦不可!」
「大鳳被弾、損害は軽微です」
一機艦司令部に次々と被害報告が舞い込む。
「敵攻撃機が多い、直掩隊の状況は?」
「苦戦しているようです。烈風隊はまだ戦えますが、零戦隊の被害が大きい。すでに半数がやられています」
待望の新鋭艦戦であり、F6Fヘルキャットとも対等に渡り合える烈風だが、配備数は少なかった。一機艦に配備された数は補用含めて80機、うち36機が攻撃隊の護衛として出撃しているため、艦隊防空に参加している機は36機のみだった。零戦も最新型の五四型が84機参加していたがヘルキャットとの性能差は歴然であった。直掩隊は撃墜120機以上を報告(実際には83機)しながらも、零戦32機が撃墜され、20機が被弾により戦闘不能として空母への帰投を余儀なくされている。しかし、烈風は全機健在であり、これが後世における本機の評価を決定づけることになる。
「駆逐艦桑が沈没、涼月が大破、空母翔鶴は発着艦不可、赤城は被雷により速力18ノットに低下……」
「直掩機は烈風44機、零戦76機。第一次攻撃隊が帰投すれば、さらに増えると思われます」
攻撃がひと段落したのち、一機艦司令部は現在の状況をまとめていた。
「やはり米軍は大型艦を狙ってきますな」
古村啓蔵参謀長の言葉に小沢長官が答える。
「向こうからすれば、最大の脅威だからな、特にこの『神鳳』は……」
(まあ、こちらとしては敵が欲を出してくれた方が良いのだがな……)
小沢は内心思う。Z作戦における一機艦の役割は『敵機動部隊の誘引』、防御力の高い大型空母を狙ってくれれば、その分多数の戦力と時間を引き付けることが出来るからだ。
零戦五四型
全長:9.38メートル
全幅:11.40メートル
全高:3.57メートル
自重:2,200キログラム
発動機:金星六四型(1,600馬力)
最高速度:時速580.0キロメートル
航続距離:900キロメートル(正規)
1,800キロメートル(増槽込み)
武装:20ミリ機銃2挺(主翼)
13.2ミリ機銃2挺(主翼)
爆装:250キロ爆弾1発
500キロ爆弾1発
60キロ爆弾2発 のいずれか
乗員:1名
零戦の最終型。発動機を金星六十四型に換装し、順当な進化を遂げている。F6Fヘルキャットを始め、より性能の高い戦闘機相手に苦戦を強いられたが、配備の進まない烈風や局地戦闘機紫電の代わりとして各戦線で奮闘した。
烈風一一型
全長:11.04メートル
全幅:14.00メートル
全高:4,23メートル
自重:3,350キログラム
発動機:ハ43-11(2,200馬力)
最高速度:時速627.5キロメートル
航続距離:980キロメートル(正規)
2,000キロメートル(増槽込み)
武装:20ミリ機銃4挺(主翼)
爆装:30ないし60キロ爆弾2発 のいずれか
乗員:1名
零戦の後継機たる新鋭艦上戦闘機。速度、攻撃力、旋回性、防弾性全てが高水準の日本最強の戦闘機であり、F6Fヘルキャットと少なくとも互角、場合によっては圧倒できるだけの性能を誇る。実践に参加した機数こそ少ないものの、その全てにおいて優秀な戦績を残している。