05話:レンの煙の儀式・後編
治療は済んだ。でも答えは返ってこなかった。
奥で交わされる声、知っているはずの人たちの沈黙。
全部が、何かを隠していた。
元の場所に戻ったら、
オヤジはまだ同じところに立っていた。
まるで、時間だけが通り過ぎたみたいに。
俺の顔を見ると、すぐに表情が変わった。
「……なんてこった。大丈夫か? 何があった?」
答える前に、オヤジが言った。
「ハルデンさんの家に行くぞ。このままじゃ、放っておけねえ。」
扉に手をかける前に、開いた。
「……またお前か。」
ハルデンさんは笑ってた。けど、その視線はすぐに額に移った。
「……それ、縫った方がいいな。いつもみたいに軟膏だけじゃ無理だ。」
俺は頷いた。
ハルデンさんが魔法を使うのは初めてだった。
今までの怪我は、小さな切り傷や捻挫だけで済んでたから。
ハルデン家は、自然療法と魔法治癒の両方で知られてる。
奥さんの方は呪文に強かったけど、二人ともこう言ってた。
「魔法は即効、植物は思い出させる。身体に、治るって感覚を。」
椅子に座ると、奥さんが近づいてきた。
額に手をかざし、呪文を唱える。
——あたたかい光。優しい響き。
……何も、起きなかった。
もう一度。
光は出る。でも、肌が反応しない。
その顔が変わった。
「……魔力は流れてる。確かに。けど、身体が……何も返してこないの。まるで……穴に落ちてるみたい。」
奥さんはオヤジを見た。目だけで、何かを伝えていた。
オヤジは軽く息をついて言った。
「じゃあ、いつも通りだ。包帯と、軟膏と、休養。」
俺は何も言わなかった。
処置が始まったころ、後ろでドアが開いた。
「ただいまーっ!」
キャベツと一緒に飛び込んできた声。
派手な音。転がるカゴ。ナエルだ。ハルデン家の息子で、俺の友人。
「なにそれ!?ケンカ!? 勝った!? 七連ヒジアタック出た!?」
「……肘で一発かまして、鈴取り返しただけだよ。」
「出た! “迷い肘・第三形態:秘技・見えぬ一撃”!」
……いつも通りのバカ騒ぎ。
パシッ。
母親の手が飛ぶ。
「治療中にうるさくしないの! もうジンギラ根、三回分手で刻ませるからね!」
「ひぃぃ〜っ!! やだやだやだ!」
思わず笑った。少しだけ、頬が緩んだ。
でもそれは、ただのいつものやりとり。
特別な意味なんて、なかった。
処置が終わったあと、オヤジとハルデンさんは奥の部屋で話してた。
仕切りが少し開いていて、声が漏れてくる。
「……反応がなかった。まるで……」
「……聞いてた。でも、まさか……」
「……まだ、その時じゃない。焦るな。」
……俺の話だろうな。たぶん。
でも、驚きはなかった。
前にもこういう雰囲気、あった気がする。
「その時が来るまで」「今は知らない方がいい」
——いつもの流れだ。
はぁ、と小さくため息をつく。
それだけだった。
「でさ! その後にお前がこう、バンッ!ってやって、アイツが壁にドンッ!って!」
カゴをかぶって、跳ねる。
「必殺迷い肘:正義の一撃、ってとこだな!」
「ぶつかっただけだよ。あいつが勝手に転んだ。」
「それを言うのは、謙虚な勇者か、無口な農夫って相場が決まってる!」
……ほんと、バカだな。
でもまぁ、にぎやかな方が落ち着く。
今はそれだけで、十分だった。
でも、なぜか思った。
もう、“普通”には戻れないんだろうなって。