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02話:セラの逃げ足と形の限界

塔の外に出た瞬間、鼻を突いたのは、焦げた粉と砕けた石の匂いだった。

壁に開いた裂け目から、灰色の空と、すぐ下の急な斜面が見えた。


塔は城の外縁、岩盤の端に張り出すように建っている。

その下には、谷を越えて、街を囲む森と畑が広がっていた。


——落ちるとか、考える前に、身体が動いてた。


着地なんてできるわけがなくて、転がるように斜面を下った。

雑草、小石、根。どれも遠慮なしに私を叩きつけてくる。

腕が擦れて、制服は裂けて、脇腹に石がぶつかった衝撃で、口の中に血の味が広がった。


でも、止まらなかった。


転がるように立ち上がって、そのまま下へ。

その先には、森があった。


濃くはない。

王城の周囲に張りめぐらされた、自然の防壁みたいな帯。


影は重たかった。でも、敵意はなかった。

足を進めた。最初は逃げるために。

でも——途中から、違った。


なにかが、胸の奥を引っぱってくる。

「進め」って言ってるみたいに。


理由なんてわからない。

でも、向かうべき方向はわかってた。


引っ張られる感覚。鈍いのに、確かにある。

もう逃げてるんじゃない。近づいてる。


そんな気がした。


背後で、警報音が三度鳴った。

続いて、四度目。


それは——内部緊急事態の合図。

つまり、捜索が始まったってこと。


しかも、保護じゃない。

「確保し直す」っていう意味の、強制的なやつ。


遠くで、叫び声と命令の声。

それに混じって、犬みたいな鳴き声……いや、違う。似てるけど、違う何か。


足を速める。つまずいても振り返らない。


——追いつかせない。絶対に。


そう願ったのに、追手はすぐそこにいた。


空を二つの光が横切った。追跡型の魔導珠。

私の頭上に固定され、追尾印が刻まれる。


汗が額を流れ、心臓が内側から胸を叩いていた。


遠くから羽音。

軽量型の魔導機。巡回じゃない。——狩るためのやつ。


そのうちの一つが、私めがけて落ちてきた。

速い。近すぎる。


翼も術式も使ってない。

それでも落ちてくる。浮かんでるんじゃない。

まるで、地に引き寄せられてるみたい。


足が止まった。反射的に。


そいつ——男だってすぐわかった——は、仮面をつけたまま、寸分違わず着地した。


兵士とは違った。

体格は細いのに、全身が「戦うため」にできてるみたいだった。


手には、長い槍みたいな武器。

柄の中央に光が灯っていて、蒼く、どこか生きているようだった。


武器が地面に触れた瞬間、音が鳴った。

低くて、金属が唸るような音。

耳じゃなくて、喉に響いた。


一歩、後ろに下がった。怖いからじゃない。

体が勝手に動いた。


胃が縮んで、魔力が内側に沈んでいく。

あの男の周囲だけ、空気が魔法を食ってるみたいだった。


「……なに、あれ……?」


わからない。でも、体が知ってた。

そして、拒絶してた。


男が槍を構える。声も指示もなし。

ただ、狙ってきた。


——一歩、こっちに踏み出す。


その瞬間、足が止まった。

森が、終わっていた。


もう先はなかった。


後ろに壁のように木々が迫っていて、前には——やつら。


三人が前方、両側から二人、中央に——あの男。


動いてないのに、逃げ道はなかった。


仮面の奥から視線だけが向けられる。

何も言わないのに、その目だけが「もう終わった」って告げていた。


視線を走らせた。

根、傾斜、茂み……少しの隙間でもいい。

でも、包囲は完璧だった。


札が空から落ちてくる。

展開して、知らない紋章が目の前に広がった。


進路は——消えた。


押し出されるように、中心に追い込まれる。

彼のもとへ。


男が腕を上げた。


槍が唸って、胸の奥に重く響いた。

肋骨の間を這うような、じわじわした音。


腰のベルトから、黒く細い金属の輪を取り出す。


手枷——

あの蒼い光。忘れられるわけがない。


仕組みは知らない。でも、わかってる。


あれは、封印のためのもの。


拘束じゃなく、「遮断」のため。


胃がきゅっと縮んで、魔力が中で逃げようとしていた。


男が一歩近づく。

避けようとした。けど、足が抜けた。


崩れて、膝をつく。立ち上がろうとしても、力が入らない。


彼は——もう、すぐそこにいた。


掴まない。倒さない。


ただ、静かに。

箱を閉じるみたいに、手枷を伸ばしてきた。


冷たい金属が、肌に触れる——


……その瞬間、反応した。


詠唱もしてない。叫びもしてない。

考える前に、体が——叫んだ。


訓練で抑えてきたもの。積み重ねた魔力の層。

全部、殻ごと裏返った。


拡がらない。爆ぜない。

逆流する。


炎じゃない。光でもない。


私って形が、形じゃなくなっていく。


地面は重力を失い、空気は質感を消して、

私は、腕も脚も、皮膚すらも——なくなった。


残ったのは、ただ一つ。


震え。脈動。


内にも外にも、同時に爆発するような——全存在の否定。


——そう。

これが、封印される瞬間。


でも、体がそれを拒んでた。

魂ごと、全力で。


——


そして、その後に残ったのは——


……なにも、なかった。

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