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17話 : レンの繋がった力 ・前編

走った。


何も考えずに。

ただ、走った。


オヤジが倒れた。


膝をつくでもなく。

踏ん張るでもなく。


内側から折れた木のように、

無惨に地面へ崩れた。


血が、土を赤く染めていた。


あいつはすぐには近づかなかった。


一撃のあと、数歩後退し、

ガントレットを握り直した。


まだ息があるか、

とどめを刺すべきか。


そんな冷ややかな目で見極めようとしていた。


その一瞬の隙間。


俺たちは滑り込んだ。


彼女が先。

続いて俺。


ふたり同時だった。


オヤジは仰向けに倒れていた。


片手で脇腹を押さえ、

もう片方の手は、震えていた。


呼吸は浅く、泡を含んだ苦しげな音を立てていた。


血が肺に回っている。


――時間がない。


俺も、彼女も、膝をついた。


オヤジは俺たちを見た。


たった一度、確かに。


そして――

声を絞り出した。


「……エルサリエル。」


その一言に、すべてが込められていた。


「……そこへ。

彼女を。」


「ふたりで。」


「……必ず。」


喉が鳴る。

呼吸すら苦しみだった。


「……鈴を。」


「今なら――

鳴らせる。」


オヤジは震える手で腰の鈴を外した。


それを、俺たちふたりの手の中へ、重ねるように押し込んだ。


指と指を触れ合わせるように。

円を繋ぐように。


「……それが道だ。」


「……王者と杖は……共に歩む。」


その指先が、まだ俺たちに触れていた。


そして――

震えた。


鈴が。


次の瞬間、鈴が鳴った。


一度だけ。


深く、

響く音。


それは俺たちよりも大きな何かに、

確かに届いた音だった。


認められた。

受け入れられた。


そんな気がした。


彼女を見た。


彼女も、俺を見た。


俺は瞬きをした。

彼女は――しなかった。


彼女は、すべてを理解していた。

……そして俺も、彼女に届いた気がした。


魔力を――

流せる。


そして俺は、

邪魔ではない。


俺が――

彼女の魔力を運ぶ道だった。


「……やっと。」


彼女が、

震える声で、

そっと囁いた。


そして。


オヤジは、

最後の息を吐き出した。


二度と、

吸い込むことはなかった。


オヤジの最後の息が消えた、その瞬間――

静かだった空気が、

再び震え始めた。


俺は、

彼女の手を離さなかった。


彼女も、

俺を。


何を引き起こしたのか、

わからなかった。


ただ――

流れていた。


鈴の音は、もう止まっていた。

けれど、

その余韻は、まだ胸を震わせていた。


空気の匂いが変わった。


血でもない。

火でもない。


生きた魔力。


自由で――

でも、

向かうべき方向を持っていた。


あいつがガントレットを構え直した。


「……何をしたか知らねえが――」


唸るように、

低い声で吐き捨てた。


「……もう終わりだ。」


あいつが突っ込んできた。


だが――

俺は見ていなかった。


彼女を見ていた。


感じていた。


生まれて初めて、

何かが俺の中を突き抜けた。


雷でもなく、

打撃でもなく、

押し寄せる波でもない。


魔力。


荒く、

膨大で、

けれど、俺を傷つけなかった。


空っぽだった身体に、

一気に満ちる感覚。


脚から。

腕へ。

背を這い、

胸を巻き込み、

そして――

もう一方の腕へ抜ける。


燃えない。

重くない。


俺のものでもあり、

彼女のものでもあった。


俺は、

流れを生かすだけ。


編むでも、制御するでもない。


ただ――

導く。


彼女も、

同じ瞬間に気づいた。


言葉もいらない。


一つ、

ささやかな動き。


それだけで。


魔法は放たれた。


塔を砕いたときと、同じ術式。


けれど今回は――

暴走しなかった。


一直線。


鋭く、

重く、

空気を震わせる音とともに。


光が、

空気を裂いた。


地面が震えた。


圧が走った。


あいつは反射で防御を取った。

だが、

遅かった。


ガントレットが、

肘ごと砕けた。


骨とガントレットが砕ける、

乾いた音。


叫び声。


あいつの身体が吹き飛び、

太い樹の幹に叩き付けられた。


すぐには倒れなかった。


だが――

左腕は、もうなかった。


関節から先が、

燃えた金属と化していた。


周囲にいた兵士たちは、

一瞬凍りつき――


「退却!」


誰かが叫んだ。


「離脱しろ!今すぐだ!」


小さな球体が地面に転がされ、

白い煙が一気に広がった。


視界が、すべて煙に覆われる。


俺たちは追わなかった。


追えなかった。


まだ膝をついたまま、

呼吸も整えられないまま。


彼女は、

肩で息をしていた。


俺は、

脚の感覚がなかった。


そして――

オヤジの身体からは、

もう血は流れていなかった。


流すものが、

何も残っていなかった。

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