幕間 : 漂う不在
四十六秒遅れ。
今週で三回目だ。
黙って入り、紋章のない封筒を机に置く。
開けない。
「鎖環十は?」
「戻っていません。」
「最終接触時刻は。」
「18時19分。通信が断たれました。訓練塔南で追跡開始を確認した直後です。その後、反応なし。」
17時に式典が始まった。
17時45分、爆発を感知。
今は8時。
それでもまだ―― 姫がいない。
報告もない。
痕跡もない。
「他は?」
「配属されていた四名も戻っていません。正式な魔導使用者ではなく、スぺラリタ兵装のみ所持していました。」
封筒を見る。
報告書ではない。
欠席の証明だ。
「評議会は動いたか?」
「まだです。祝祭は正午まで続きます。ただ、姫が後の催事に出席していないという噂が広まっています。」
逃げたこと自体を気にする者はいないだろう。
問題なのは――
「許可なしに」逃げたことだ。
「鎖環十九を送れ。」
部下が息を止める。
「テルミラ様を?」
「そうだ。感応魔導士を一人随行させろ。気配を消せるやつ。エコーストーンも持たせろ。」
「それだけで?」
「これ以上は過剰だ。侵攻ではない。検死だ。
残っているものを持ち帰らせろ。
何もないなら、それも確認させろ。」
沈黙。
足音。
扉の閉まる音。
それからようやく、封筒を開ける。
中は――空。
微笑む。
勝利のためではない。
これでやっと、ゲームらしくなってきたからだ。
会議は九時に始まった。
九時二分、技術者たちはすでに報告を終えていた。
それから抑えた拍手が続いた。
評議会の五人、民間の官僚三人。
必要ではなく、体裁を整えるためだけに招かれた有力家系の代表たち。
私は耳を傾けた。
時に注意深く、
時に作られた優しさで。
「第二と第三環での農業生産は安定しています。予測を上回る収穫を記録しました。」
「大地に耳を傾ければ、必ず応えてくれるものだ。いい仕事だ。種まきを怠るな。」
「今年、都市配布用の魔力補助金申請が減少しました。規制を強化した影響でしょうか?」
「見える程度に。見せすぎれば疑念を生む。控えめにすれば、尊敬を得る。」
満足そうに私を見つめる顔たち。
だが、誰一人として、私を完全には信じていない。
それでいい。
信用されない者だけが、本当の意味で人を動かせる。
「カハレット港に配備された共鳴槍の試作品が一週間で倍の価値になりました。本拠地への追加配備を求めています。」
「カハレットは金払いが良く、余計な詮索をしない。それがいい客というものだ。」
「第二陣の出荷を許可しますか?」
「許可する。ただし、レベル一制限で。増幅率は十パーセント。強力だが、調子に乗るには足りない。」
羽根ペンが音を立てた。
一部の視線がわずかに鋭くなる。
数か月前なら、こんな会話を公の場で交わすなど考えられなかったはずだ。
小さな間。
ふと、思考は別の顧客へと滑った。
訓練場は空っぽだった。
それが条件だった。
王は高座から静かに見下ろしていた。
王妃はその隣に座り、彼の手を握っていた。
まるでその触れた手で、病を押し止めようとするかのように。
その脇には、杖。
黙って、背筋を伸ばし、ただ見守る存在。
担当魔導師が出てきた。
慎重な足取りで、粗い石を両手に抱えて。
それは、割れることを恐れているからだった。
「陛下、申し訳けありません。精製が間に合わず、今回は直接石を使った実演となります。」
「かまわん。急げ、休みたい。」
魔法の発動とともに、空気が重くなる。
熱ではない。
密度が違った。
空気自体が破壊を予感していた。
火球は馬車ほどの大きさに膨れ上がり、
訓練用の人形と、その後ろの壁をもろとも吹き飛ばした。
静寂。
だが、それは賞賛を待つものではない。
裁きの前触れ。
魔導師は膝をつき、石は転がった。
「……あの者は?」
「反動による消耗でしょう。日常的にクレーターを作るわけではありませんから。」
そこで、杖が口を開いた。
低い声で、抑揚もなく。
「力はある。しかし、安定性がない。
武器にはならん。
少量なら、風呂用の加温器に使えるかもしれん。」
胸に渦巻く怒りを抑えるのがやっとだった。
「陛下、もちろんこれは始まりにすぎません。時間さえ与えていただければ、この石は……可能性そのものです。」
「……うむ。続けろ。」
前進を阻まれはしなかった。
だが、自由も与えられなかった。
まだ杖が監視していたから。
それを得るには、別の手段が要る必要だった。
「幼児魔導記録についてですが、今週は十三名の新規登録がありました。うち二名は早期適性が確認されています。」
「……閣下?」
官僚の問いかけで、思考を現実へ戻した。
顔に浮かんでいた微笑みは、すっと消えた。
軽くうなずく。
「記録。六周期の受動監視。警戒に至る前の予防措置だ。」
「指導は?」
「最低限。自ら学ぼうと思う前に。」
短い笑いが起こった。
同意ではない。
慣例だ。
その後は、外縁地域との交易の話。
衛星拠点との補給線。
すべて、問題なし。
それが、逆に警戒すべき兆候。
会議室を出た後、私は単身で廊下を歩いた。
誰も余計な声をかけない。
恐れではない。
効率だ。
城内の動きも滞りない。
従者たちも、兵も、まるで織物のように配置されている。
だが――
沈黙の中には、確かに違和感があった。
誰も、
あの存在について口にしない。
姫。
廊下でも、
応接室でも、
報告書でも。
欠けた事実は、過剰な礼儀で埋められていた。
そして、目が動き始める。
哀れみではない。
野心だ。
玉座は空いている。
空席は、欲望を呼ぶ。
ギャラリーを抜けた先で、若い一人が立っていた。
ハヴェル家の三男。
一瞬ためらい、それから声をかけた。
「……閣下、閉会式には姫様がご出席されますか?」
「当然だ。いつも通りに。」
閉会式など、今年はない。
それを彼に教える必要もない。
私は歩みを続けた。
彼は沈黙したまま、そこに残った。
数分後、使者が現れた。
予想通りの表情で。
「鎖環十、帰還しました。
評価室で待機しております。」
うなずく。
会議の時間は終わった。
ここからが、本番だ。