表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/66

10話 : セラのまだ名前を知らない出会い

眠った記憶は、なかった。

でも――目覚めた記憶も、なかった。


ただ、その間に一度だけ、

体が“ない”感覚があった気がする。


浮いてるわけでも、沈んでるわけでもない。

輪郭も、重さも、すべて消えて。

ただ、流れてる。

熱でも、音でもない――エネルギーそのもの、みたいな。


……それが終わったとき、見えたのは天井だった。


木材。

粗い節目のまま削られて、整ってない、ただの天井。


あれ? って思った。

だって、こんなの、どこにもなかった。


私がいた場所には。


装飾もない。彫りも魔力の層もない。

ただ、乾いた木の匂いと……煙。


次に感じたのは――痛み。

起き上がろうとして、脇腹が強く軋んだ。


息を吸って、止めて、また吐く。


頭は働いてる。

体は……まあ、だめそう。


包帯。打撲。服は……私のじゃない。


やばい、と思った。


反射で、肩に力が入る。

どこだここ。誰がいる。

意識を集中して、術式を起動――


……しない。


いや、流れはした。

でも、消えた。


拡がらない。反応しない。

エネルギーの波が、空間に“沈んだ”感じ。


二度目。もっと丁寧に。


……同じ。


封じられてるわけじゃない。

でも、受け入れられてもいない。


ぞわっとした。

震えたのは、指か、それとも……心か。


こんな挙動、魔力じゃない。

まるで……拘束具。


――黒い爪。

――あの手。


思い出しかけて、胃が冷たくなった。


……捕まった?

じゃあ、これって――


いや、落ち着け。観察。分析。確認。


目を閉じる。

布団。私のじゃない。

部屋。知らない。

魔術具も、グリモアもない。

何もない。


――ここ、城じゃない。


そして、私は――

魔法が使えない。


足音がした。


ゆっくり、ためらいなく、でも急いでもいない。


誰かが、こっちに向かってきてる。


目を少しだけ閉じた。

眠ってるふり。別に理由があったわけじゃない。ただ、反射。


扉が開いた音は……小さかった。

そして、静かな呼吸。歩み。迷いも隙もない。


部屋の中心で足音が止まった。


……長い沈黙。


私の気配に気づいてる。たぶん。

でも、声をかけるのを迷ってる。


「起きてるんだろ?」


男の声。

若い。でも低い。


私は、目を開けた。


そこにいた。

黒髪。少しぼさついた髪。

素朴な服装。ローブも紋章もない。

でも――

手には、水の入ったバケツ。


「どなた、ですか?」


「運んだやつだ。」


即答だった。

一瞬だけ、空白ができた。


……嘘じゃない。

でも、それだけじゃ足りない。


「ここは、どこなのでしょう?」


「俺の家。正確には、オヤジの家。……安全だ。たぶん。」


……たぶん、て。


思わず眉を寄せた。


「それは……私を誘拐した、という意味になりますか?」


睨んだつもりだったけど、彼は目を逸らさなかった。


挑発でもなく、悪意もなかった。

ただ、こちらを“見ていた”。


「出たけりゃ、扉はそこにある。

立てるならな。」


……は?


言い返そうとした。すぐに。

でも、口が動かなかった。


言葉が……刺さらなかった。


視線を落とした。


毛布。清潔な布。

傷は丁寧に処置されてる。

服も、整ってる。


傷も、痣も、触られた痕跡がない。

ちゃんと、扱われてる。


――それが逆に、腹立たしい。


怒れない理由があるってことが、

怒れる理由より、ずっと厄介だ。


「では、助けてくださったにしては、随分と冷たい口調ですね。」


彼は――眉一つ動かさずに言った。


「空から落ちてきたにしては、ずいぶん余裕だな。」


……え?


え、今、何て?


空から、って……私……


目が合った。

一瞬、視線が交差して、どちらも逸らさなかった。


数秒間――

何も動かなかった。

空気すら、止まった気がした。


…いや、今のって、本気で言ってる?

それとも――皮肉? どっち?


何それ。

何その言い方。

なんで私、余裕そうに見えてるの。


……いや、まあ……見せてるけど。


……違う。そうじゃない。


何この人。

どうして……そうやって、普通でいられるの。


頬の奥に、わずかに熱が差した気がして、

無意識に目を逸らした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ