01話:セラの壊れた魔力と黙された継承
朝の光が、まぶたに刺さった。
……眩しい。もう朝か。
布団の中で一度目をつむってみたけど、無理。
頭は動いてるのに、体が重い。いつものこと。
誰も来ない。ノックも、声も、足音もなし。
……そういえば、もう何年も誰にも頼んでない。
「……ふぁ……」
ゆっくり起き上がると、肩から寝間着がずり落ちてた。
またサイズ合わなくなってきてる。ほんと、面倒。
「変えないと……」
独り言を呟きながら肩紐を直して、足を床に下ろす。冷たい。
椅子には、昨日たたんでおいた訓練着。
レースもリボンもない、ただの動きやすい服。
人目を気にせず動ける、それだけで十分。
髪、どうしよう。……鏡、見たくない。
昨日は我慢できたけど、今日は無理かも。
似てきたって、また言われるんだろうな。母様に。ネリス女王に。
そういうの、もう聞き飽きた。
声なんか、覚えてないのに。
——記憶もない。
残ってるのは、肖像画と魔技の断片、あと他人の言葉だけ。
本当は聞いてみたかった。母様って、どういう人だったの?
……でも、今さらだよね。
髪を上でまとめて、顔は見ない。
食欲? あるわけない。
魔力、まだ内側で張ってる。気持ち悪い。朝食とか、無理。
今日は命日。父様と母様、ふたりの。
式は昼前から。前なら、とっくに準備されてたはず。
髪整えて、服を着せられて、みんなの前に立たされて——
悲しんでるふり、するの。ずっと、そうだった。
でも、知ってしまった。
あれはただの「配置」だって。
摂政が言った。
「均衡のため」「継承の印として」「未来の固定のため」
それ、十四歳の子に言う?
その瞬間、全部が壊れた。
誰も悲しんでなかった。私だけが、本気で信じてた。
——私は、ただの飾りだった。
その日から、訓練を始めた。
毎朝、塔から訓練場までの廊下を歩く。
足は覚えてる。でも、頭は思い出す。勝手に。
あの日の会話。「依頼」じゃなく「戦略」だったこと。
開かれているようで閉じられてる、檻みたいな空気。
私は、はっきり「いいえ」って言った。
歯を食いしばって、ぜんぶ拒絶した。
そこから、「姫」じゃなくて「厄介な問題」になった。
笑顔も視線も、話題も、全部変わった。
誰も、魔法の訓練について話してくれなくなった。
ただ、「姿勢を崩さないように」って、それだけ。
魔力が漏れて、触媒が壊れても、
最初は「器具の不良」だとか「調整ミス」って言われた。
でも、いつの間にか誰も何も言わなくなった。
沈黙だけ。評価する目だけ。
教官のひとりは突然いなくなって、
もうひとりは辺境に転任された。
魔法は、思った通りに動いてくれなかった。
強すぎたり、歪んだり、制御できなかったり。
触媒は壊れて、呪文は暴走して、
やっと成功しても、美しさなんかなくて。
ただ、荒くて、乱暴で、見苦しくて。
自分でも、理由がわからなかった。
誰も助けてくれなかった。
私だけが、王城の中の「ひび割れ」みたいだった。
誰も修復しようとせず、ただ目をそらしてた。
今日は命日。
でも私は、訓練場に向かった。
壊すなら、自分の意志で壊したかったから。
王族専用の訓練場は、もともと一番守られてたはず。
でも、今は違う。私が一人で使うようになってから、
誰も来なくなった。
教官も、監督も、補助もいない。
入口の外に、警備の人が立ってるだけ。
——まるで、私に近づくのは危険だって言ってるみたいに。
塔に併設されたその訓練場には、あらゆる高等触媒が揃ってる。
集中珠、連結グリモア、制御手甲、刻印棒、二重棒……
でも全部、私が壊した。
今日は新しく準備された触媒が四つ。机の上に、きっちり並べられてる。
一つ目。アンバリタ入りの手甲。
はめてみると、ぴったりだった。
深く息を吸って、魔力を流し始める。
最初は、反応してくれた。
でもすぐ、魔力が捻れて、手甲が光って、震えて、——爆発した。
破片が壁まで吹き飛ぶ。拳を握った。
怖くはない。ただの癖。
二つ目。黒革の小型グリモア。表紙に銀のルーン。
両手で持って、ページを開いて、魔力を流す。
火花が一つ、また一つ。
その瞬間、本が燃えた。
床に投げた。石に触れた瞬間、灰になった。
表情は変えない。でも、呼吸が少し乱れた。
三つ目。白い水晶の細い棒。軽くて、鋭い。
集中する。魔力が脊髄を通って、腕を抜けて、棒先に集まる。
——だめ。
——このままじゃ無理。
多すぎる。
棒が裂けた。先端が吹き飛び、遠くの柱に刺さった。
残りの魔力が空気中に散って、塔全体が震えた。
動かない。でも、涙がもうあふれてた。
「私、間違ってたのかな……? こんな力、目覚めなきゃよかったのかな……?」
痛みじゃない。怒り。
わからないことへの怒り。
誰にも助けてもらえない孤独への怒り。
塔の中で、誰にも届かない叫び。
四つ目。純度の高いアルモナイトの珠。調整済み。
両手で持って、魔力を込める。
涙が落ちる。
「私の……何がいけないの……!?」
——応えた。
初めて、何かが応えた。
魔力が流れた。凄まじく、暴れながら。
呪文が放たれた。結晶の中に閉じ込められた雷鳴みたいに。
防御壁——爆風対応の石壁——が、一瞬で砕けた。
衝撃波が塔全体を駆け抜けた。
珠は爆発しなかった。消えた。
まるで、最初から私を受け止めきれなかったみたいに。
柱が揺れて、上部が崩れて、壁の一角が落ちた。
音は、城の外まで響いた。
いや、それどころか——もっと遠くまで。
私は、膝をついた。弱さじゃない。
全部出し切ったから。
しばらく、そのままでいた。
まだ、粉塵が舞ってた。
床の魔力陣が、壊れた蛍光灯みたいに点滅してた。
顔を上げる。
崩れた壁、割れた空、そしてその先の外。
——やってしまった。
決めた。もう、ここにはいられない。
立ち上がる。何も持たず、振り返らず——
——走り出した。