七月
七月始めの土曜日の十四時四十分、はしばみはすずらん市の歓楽街のある地下鉄駅から地上に上った。商業施設に囲まれた、大きな交差点が目の前にあった。
人が多く流れる中、はしばみは初めて行く目的地へはどちらの方向へ行けばよいか分からなかった。来慣れない街中で、はしばみは携帯端末の地図アプリを起動して、とりあえず交差点を渡ってみた。違う方向だったらしく、地図の目的地のピンから離れてしまった。一度戻って交差点の別の方向に渡ってみる。やはり、目的地から離れてしまった。三度目の正直で進んでみると、地図は目的地の方向に進んだ。はしばみは、そこからまっすぐ歩いて行った。
大きく賑やかな通りは高いビルが壁となり、一階には様々な食べ物屋が並んでいた。ビルの中には夜の店も静かに並び、何となくはしばみは怖かった。ゆっくり地図に沿って歩くと、目的地の店が入った高いビルを見つけた。
人のいない入口を通り、左手にあるエレベーターに入った。新しくないが古くもないエレベーターで目的の階へ上った。
目的の階に到着すると、前へ進み、右手に店のプレートを見つけた。その店は昼間はカフェで、夜にバーになるとウェブサイトにあったが、分厚いドアは飲み屋を思わせた。
六月に二十才の誕生日を迎えたはしばみは、飲酒はできるので居酒屋には行ったことがあるが、バータイプの店は初めてだった。はしばみは腕時計を見た。開店の十五時丁度だった。はしばみはドアを開けた。
店の中は小さなシャンデリアのオレンジ色の灯りに包まれ、暗くて落ち着いた雰囲気だった。カウンター席が細長く並び、奥にコの字型のソファ席がある。涼しく小ぎれいで、どこか隠れ家的だった。長いテーブルには酒のビンが並んで置いている。椅子の後ろの壁には小さな絵画が点々と飾られていた。店に他の客はいなかった。BGMもないので、静かである。カウンターの中で、のりの利いた灰色のシャツを着た店主の女性が出迎えた。
この店は、大学のサークルメンバーの先輩たちから教えられた。小説や絵画などの創作をしている人の間で有名な店だということだった。先輩の話では、創作する人達が集まる会合もあるそうだった。
この店はまた、絵画のギャラリーとして、画家に壁を貸していた。
はしばみがカウンターの真ん中の席に落ち着くと、店主がメニューを渡してくれた。コーヒーや紅茶など色々な種類がある中で、はしばみはココアを頼んだ。他に、チーズケーキもセットで頼んだ。店主は、はしばみに壁に展示された絵を見ていって下さいと勧めた。
はしばみは席を離れて、壁に掛けている絵画を見ていった。モノクロで、不安を誘うがそれが心地良い不思議な絵のシリーズだった。店の雰囲気に合っていた。はしばみはこの店が様々な創作者が集まって醸す豊かな空気を感じた。
入口付近の方へ行くと、小さな壁に本が並び、ブローチやかんざしなどのアクセサリーが宝物のように置いていた。
はしばみはテーブルに戻った。ココアとケーキが出来上がると、携帯端末で写真を撮り、SNS に投稿した。不思議と落ち着く雰囲気に、はしばみはまた来ようと思った。