はしばみと湊 4
二月十一日日曜日。はしばみと湊は、すずらん市の市街地から離れた場所にある、大きな複合施設へ向けて、雪道を歩いていた。昨日、大雪が降った後の歩道は、一人づつしか歩けない細さだった。目的地の複合施設に近づくと、歩道は人が団子のように縦に並んでゆっくり歩いていた。はしばみの前を歩く女性は、白い肩掛け鞄に、アニメのキャラクターのマスコットをたくさん付けていた。
今日は複合施設で、同人誌即売会があった。はしばみは初めて行くイベントだった。サークル参加者、一般参加者ともにコスプレが可能だった。どんな感じか楽しみだった。
10:20 はしばみと湊は会場に到着した。開場は11:30からだったが、すでにロビーには人が集まっていた。入り口付近の壁際に、一般参加者の列が出来ていて、十人が前に並んでいた。二人は最後尾の札を持ったスタッフの女性の所へ行き、列の後ろに並んだ。
「今日は人が多いんだね〜」
はしばみは辺りを眺めながら、湊に言った。
「賑やかだね」
湊は爽やかに頷いた。
「いつものコスプレNGのイベントとも違う空気感があるよね」
はしばみは列に並んでから十分後、再び列の後ろを眺めた。二倍の人が並んでいた。
それから十五分後、今度は後ろの列が折り返されて、最後尾がはしばみたちの真横に来ていた。そんなに並ぶイベントははしばみは初めてだった。はしばみは、大盛況のイベントを楽しみに思った。
10:50 列が動き出した。はしばみたちも先に進んで、会場に入った。会場の中では、おつりの出ないようにパンフレットを買い、再び列に並んだ。列は、ブースが見えない位置だった。会場内でコスプレに着替える人は、男女別に、はしばみたちとは別の長い列を作っていた。
ホールには賑やかな、テンションの上がる音楽が流れていた。はしばみの列の前を、たまに漫画やアニメのキャラクターに着替えた人が通り過ぎる。カラフルなウィッグや非日常的な衣装が闊歩する。はしばみは知らない文化に期待を寄せた。
11:30 一般参加者の入場が始まった。はしばみと湊は人の流れに任せて歩いた。はしばみは、大勢の人が並ぶブースを眺めると、いきなり辛くなった。いつも同人誌即売会で感じることだが、自分が場違いなのではないかと逃げたくなった。ここにいてはいけないと。はしばみが道の途中で足を止めると、湊が心配そうにはしばみを見た。
「大丈夫…?」
はしばみは、心を非常電源に切り替えた。とにかくブースを見て回ろうと。はしばみは人が大勢いる非日常が苦手だった。イベントを待つ間は、知らない人に話しかけられることがないので、お祭り気分を楽しめる。しかし会場に入ると、できる限りお店の人と交流をしないように、目を合わせないように距離を空けて歩くようにしていた。
はしばみは湊を安心させるように言葉を絞り出した。
「うん。後ろのブースから見ていこうか」
はしばみと湊は、ブースをゆっくり回って行った。中には列が出来ているブースもあった。はしばみは初めて列のできるブースというのを見て、新鮮だった。
今回のイベントでは、グッズ販売が多い、とはしばみは思った。ブース一杯にグッズを並べる人や、少ない商品を大事そうに並べる人。はしばみは本がメインのイベントしか知らなかったので、文化の違いを感じた。グッズ販売も賑やかでいいなとはしばみは思った。たまにコスプレをした人が店番をしていた。落ち着いた雰囲気だった。買い物客もコスプレをしている人が道を通り、同じジャンルが好きな人同士で賑わっていた。
はしばみと湊は、ブースを二回回った。はしばみは同人誌即売会のハウツー本を見つけて、一冊買った。
はしばみと湊が会場を後にする時、会場入り口付近では、コスプレイヤーたちが二人、四人とそれぞれ集まって、楽しそうに『祭り』を祝っていた。 はしばみは、アニメや漫画が全然分からなくても、開放的なイベントの雰囲気が嫌ではなかった。
「また来ようね」
はしばみは、自分の知っている漫画の、小学生の女子に扮したピンク髪の背の低い女性が通り過ぎるのを見送りながら、湊に呟いた。湊は微笑んだ。