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はしばみと湊 3

十時四十分、はしばみと湊は会場に到着した。この会場は、市内の中心部にある複合施設だった。よく小規模な同人イベントが行われるので、はしばみには馴染みのある場所だった。二人はエスカレーターで三階へ上った。


エスカレーターで降りた所には、電子掲示板が参加者を出迎えた。画面にはイベント名と開場時間11:15、終了時間15:00と表示されていた。


会場前のロビーにはまだ人がいなかった。会場入り口の小ぎれいな茶色の厚い扉が開いていた。ちらりとはしばみが奥を眺めると、照明の暗い会場に、参加者たちが長机に設営している所が見えた。正月明け早々、室内には設営時間独特の緊張感が垣間見えた。はしばみは、本の匂いがする、と思った。


はしばみと湊は奥の黒いふかふかの椅子に腰を落ち着かせた。大きなキャリーバックを床に滑らせた人がちらほらと扉に吸い込まれていく。青いTシャツのイベント運営スタッフが入り口に出入りして、「おはようございます」と温かく挨拶をする。


十時四十五分、二人の隣の椅子に若い男性が座った。携帯端末を手にして明かりを灯す。それから二三人ロビーに一般の買い物目当ての参加者たちが集まってきた。はしばみはわくわくしてきた。創作者にとっての晴れの舞台に思いを馳せて、心が盛り上がった。


十時五十分。運営スタッフが入り口の扉の前に現れ、一般の参加者たちを誘導して、二列に整列させた。はしばみの前に並んだ男女は、買い物用にエコバックを用意していた。


十一時。スタッフが二人現れ、イベントの詳細が書かれたカタログとクリアファイルを列に並んだ一般の参加者たちに一人一人売り渡して行った。


「このクリアファイル、何だろうね」


はしばみは、イベントのポスターと同じイラストの描かれたクリアファイルを不思議に思った。今まで参加した同人イベントではカタログだけで、おまけは付いたことがなかった。湊はクリアファイルから中の冊子を取り出して、ぺらぺらめくった。


「今年のカレンダーだったよ」


はしばみも薄い冊子を見てみた。様々な個性のあるイラストが使われた、壁掛け用のカレンダーだった。湊は感心して呟いた。


「お正月明けのイベントらしいね」


はしばみはカタログをめくってみた。一ページ目には参加サークルリストが載っており、数は百近くあった。湊も同じページを見た。


「今日は同人ゲームのサークルも集まっているんだね」


はしばみが後ろを振り向くと、長い列ができていた。


十一時十五分。会場内で拍手の音が響き、一般の参加者の会場への入場が始まった。





はしばみは暗めの会場の中に足を踏み入れるとぞくりとした。拍手の余韻の後に、鮮烈な音楽が流れたからだった。ゲームに詳しくないはしばみでもよく知っている、有名ゲームの曲だった。どれくらい有名かというと、四年に一度のスポーツの祭典で選手の入場曲で流れたくらい有名だった。


はしばみはいつも同人誌即売会で買い物に行った時、見知らぬサークル主たちの集まりに緊張してしまう。だから、何となくブースの主人に目を合わせないように歩いていた。しかし音楽は自分にスポットが当たったような緊張感を呼んだ。買い物をする参加者は宝物捜しをする主人公の旅人であるのだと。


入り口で戸惑って下を向いたはしばみが前方を向くと、キーボードをメインに、ドラムやギターなどを奏でる人たちが隅に固まり、会場を音楽で満たしていた。同人イベントではBGMが流れることはあるが、生演奏は珍しかった。立ち止まっていたはしばみに湊は優しく言った。


「お正月のおめでたい気分のイベントだね」


それからはしばみと湊は会場を歩いて回った。きれいなイラストの同人誌はもちろんだが、ポストカードや便箋、アクセサリーなど手作りの作品がそれぞれのブースに所狭しと並べてあった。サークル参加者は、可愛らしいワンピースの女性、着物の男性など晴れの日の衣装をまとっている人などがちらほらおり、歩く人をにこやかに眺めたり、または携帯端末に見入ったりと、様々だった。客足は、正月明けでも多い、とはしばみは感じた。


はしばみは、特に目当てはいなかったが、何となく興味を引かれるブースで買い物をした。はしばみは、同人イベントは不思議だと思う。ブースは沢山あるのに、なぜか自分の興味があるものは、見つけてしまうのだった。そして自分の『お気に入り』の品が増えるのが楽しい。


今回も、何となく地元の旅行記が気になって買ってみた。サークル主は、はしばみたちがブースに立ち止まると、机に置かれたそれぞれの本の説明をしてくれた。細かく丁寧に話してくれたので、自分に時間を割いてもらって申し訳なさを感じた。そして、はしばみは接客は得意ではないから、自分も同人イベントでこれくらい接客できるようになりたいと思った。


はしばみと湊が会場を一回りした後に、はしばみは先ほどの演奏者のスペースの前で足を止めた。湊も無言で了解して一緒に音楽を聴いた。周りにも、何人か立ち止まって音楽に耳を預けている人々がいた。演奏グループは様々なゲーム音楽を軽快に演奏していった。はしばみは知らない音楽ばかりだったが、気分が明るくなった。


演奏家が昼休みに入る十二時まで、はしばみと湊は会場を祝祭気分で満たす音楽に浸っていた。

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