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五月

いつもの店で頼む飲み物は温かい物より冷たい物を選ぶ季節になった。はしばみは大図書館一階のいつものカフェの、海の見えるいつもの窓際のカウンター席に落ち着いた。今日は五月の休日だったが、先客は一人だけだった。はしばみは感じの良い店員に季節限定のガレットと、冷たいはちみつラテを頼んだ。窓の外では船が多く停泊するマリーナに、クルーザーがゆるりと帰還した。


店員が注文を受け取って去ると、はしばみは携帯端末を鞄から取り出して、通知を見た。SNS のチェックが終わると、日記アプリを開いた。真っ白な画面が言葉を待つ。このカフェは心の休憩所であり、日記アプリは言葉を棚卸しする場所だった。


はしばみはぼんやりしていると、さっそく料理と飲み物が運ばれた。三角に折られたガレットはハムとトマトと一緒に季節の野菜が乗っている。丸みのある小さなグラスには、白い泡と柔らかな色あいのコーヒーが縞を作っていた。飲み物は甘すぎず、コーヒーの優しい味が心の居場所に戻ったはしばみを歓迎した。


はしばみは食事を終えると、二杯目にはちみつレモネードの冷たい方を頼んだ。細い三角のグラスに透き通ったレモン色の飲み物が届いた。黒いストローに口を付ける。今度は時間が甘くなった。はしばみは程良い甘さを少しづつ味わった。


はしばみの携帯端末に、大学のサークルの先輩の橙がブログを更新したと知らせる通知が届いた。橙は映画の感想ブログを書いている。はしばみは知らない映画ばかりだったが、読んでいて楽しかった。


今回紹介した映画はクリスマスに女性同士が駆け落ちする海外映画だった。橙は映画を気に入ったようだった。ブログは良い作品を見付けて嬉しい気持ちを急いで記録したもののようで、文章に活きの良さがあった。


はしばみは六百文字の掌編を書き続けてみた時のことを思い出した。掌編は短時間で書き終わり、その都度 SNSの川に流した。川の流れは速い。はしばみは一定のいいねが付くと楽しくなって、文章を書く速さも速くなった。いかに言葉選びを短時間で決めて、決められた字数を書ききれるかが重要だった。SNSという舞台では、観客がいることを意識させた。


掌編の放流は達成感があった。しかしじっくり言葉を紡ぐ時間とは離れた。たぶん橙のブログも同じ物なのかなと思った。ブログの声にはライブ感がある。人を惹きつける。が、はしばみにとって小説の言葉は、一つ一つを貯め込み、心の土に染み込む水のようなものだった。


言葉の扱い方には種類があることを、はしばみは何となく感じた。情報を伝えるライブ感と、遠い場所をイメージさせる臨場感は、はしばみにとっては違う書き方のようだった。


グラスの飲み物は半分になった。砂時計みたいだ、とはしばみは思った。

小船が軽快なスピードでマリーナから出航した。船は白い水しぶきの尾を引き連れて、行ったり来たりと初夏の海を走っていた。


はしばみは、種類のある『言葉の作品』の違いを考えながら、言葉の使い方について気付くことがあった。はしばみは SNSで人と交流をする時、『美味しかった』『面白かった』『可愛いです』『格好良いです』くらいしか言葉を使っていなかった。特に食べ物はほぼ一言しか言葉が浮かばなかった。


小説でもSNSの交流でも、食べ物を説明する言葉が豊富な人がいる。特に交流で言葉が豊かな人は、言葉を他者に贈っているのだなと、ふと思った。言葉を大切に見つけ出して、丁寧に伝える。


はしばみには料理を表す語彙がない。『味わい深い』なら分かるが、『コクがある』『まろやかである』などはどういう状態かよく分からず、言葉を使うことができなかった。味わいに関する言葉は、なかなか学ぶことのできない難しい技術だった。


グラスが空になった。はしばみは店を後にした。

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