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荘園に帰りついたのは夜明け前――

 荘園に帰りついたのは夜明け前だったが、シファキスにはもうひとつ災難があった。

 黒服たちのリムジンで屋敷の前まで行くと、二連式猟銃を持った農民たちが、

「くそやろうが、戻ってきやがった! やっちまえ!」

 農民十六人×装弾数二発の計三十六発の散弾を浴びせられたのだ。

「おい、やめろ!」

 咄嗟に伏せたからよかったが、ライトが吹き飛び、エンジンが吹き飛び、スペアタイヤが吹き飛び、フロントガラスが吹き飛び、――これでリムジンの前半分はバラバラに吹き飛ばされた。

「やばい、客人だ! おーい、みんな、撃つな!」

 ズタズタにされた運転席から這い出るシファキスを見て、農民や召使いたちが取り囲んだ。

 リーベルを取り返せなかったことを言ったら、リンチにされるんじゃないかと思いながら、追跡の結末を話したが、彼らは、

「そうか。いや、お客人たちがお嬢さまのためにしてくれたこと、ペリカン荘の住人一同、ありがてえと思ってます」

「でも、助けられなきゃな――で、領主は?」

 農夫たちは表情を曇らせた。

「意識が戻らないんですよ。オレンジフィールド先生が見てくれてますが、ああ、この人は村唯一の医者でして、その先生が言うには弾は背骨を傷つけてて、助かっても自分の足じゃあ歩けないって」

 黒馬を厩舎に戻して帰ってきたソウヘイがきく。

「警察に通報は?」

「それが電話が通じねえんですよ」

 シファキスとソウヘイはお互いを見やった。切られた電柱と待機させていた飛行機。襲撃は用意周到で、大きな組織の影がちらつく。

「ソウヘイ。飛行機はどっちに飛んでいった」

「南西の方角です。ただ、夜分のことですから、旋回して別の針路をとったかも」

「そうか……おれが撃った男は?」

「まだ食堂に転がってますよ」

 数時間前、みなが浮かれて笑っていた食堂ホールは机が倒れ、割れた皿や茹でた野菜が石床に散らばっていた。夜は分からなかったが、かなり高い位置に窓が開いていて、オレンジの朝焼けが樫材づくりの窓枠いっぱいに輝いている。

 ソウヘイの言う通り、シファキスが撃った男は撃たれたときのそのまま、仰向けに倒れていた。

「おれが刺したフォークと持っていた銃以外は、誰も触ってないそうです」

「どれどれ」

 シファキスの撃った弾は黒服の右目を貫通していた。黒眼鏡のガラスはきれいに飛び散っていて、血は顔の側からはひと筋も流れていないが、弾の出口からは遠慮なくドプドプあふれ出したらしく、直径一メートル以上の血だまりができている。

 死後硬直が始まっていたので、黒いハーフコートのポケットを改めるのにやや苦労した。左腕が体の前にまわっていて、内ポケットを調べるのに邪魔だった。どかそうと思って、腕を無理に引っぱったら、ポキッと、あまり深入りしたくない音が鳴る。

「先生、何、ボーっとしてるんですか?」

「死後硬直してる腕が内ポケットを調べる邪魔をしてる」

「なんだ、そんなことですか」

 ソウヘイは腕をしっかり握ると、発電機のレバーでも引くみたいに腕を動かした。

 ボキボキベキベキ!

「ソウヘイくん。きみには人の血は流れてるのかね」

「死んだ人間の骨を折って呪われることなんてありますか。そもそも、こいつを殺したのは先生ですけど、だまして背中から撃ったんじゃなくて、お互い、至近距離でぶっ放し合ってのことじゃないですか。それを呪うのはお門違いです。じゃあ、どうぞ。気が済むまで調べてください」

 外のポケットには三二口径の予備の挿弾子クリップがふたつ――これはいただいた。白いハンカチ。安物のベークライト万年筆が一本。ボール紙表紙のメモ帳が一冊――半分以上がちぎられている。ちぎられたメモに書いたものが浮かび上がるかもしれないと思い、メモの表面を鉛筆でこすってみたが、筆跡はバラバラで文字ではなく、錯乱したマカロニの群れにしか見えない。

 腕が邪魔していた内ポケットを探ると、財布がない。身元が分かるものがない。これはさほど不思議ではなかった。この手の襲撃をするとき、万が一、死んで、死体が敵――というのはシファキスのことだが――の手に渡っても、辿れないようにするためだ。実際、財布はないが、折った一リロ札を二十枚束にした錫製のクリップが見つかった。

「当然、いただく」

「大した怪盗ですね」

 続いて、ズボンのポケットを調べてみると、くしゃくしゃになった煙草の箱がひとつ。〈アルテマ〉という銘柄だが、きいたことも見たこともない。この国ではあらゆる場所にアルテマが入り込んでいる。

「これで全部か」

「手がかりになりそうなものはありませんね」

「謎の鍵とか暗号を書いたメモとか偽造免許証とかな。だが、何か足りない気がする」

 しばらく考えてみようと思い、死人の煙草を試してみようと一本抜き取り、ライターを取り出そうとして、

「あ」

「なんです?」

「こいつ、煙草があるのに火を持ってない」

 念入りに探してみると、ハーフコートのポケットのなかに小銭入れのような小さなポケットがあり、そこに紙マッチが入っていた。

 波模様の表紙に〈オリオン・ホール〉。後ろにはアドレス――プレハティ市テンプルトン通り一二二。マッチの表紙を開く。マッチは九本でそのうち五本が使われていた。

 表紙の裏には〈ペリカン荘 女をさらえ〉。

「先生、これ――」

「たぶん、口頭で命令するかわりにこれを渡したんだろうな。もらった時点で捨てるなり何なりするところだが、マッチが切れてて、そのまま持ってたんだろ。おかげでこっちは手がかりが手に入った」

「手がかり? じゃあ、先生――」

「領主さまに会いに行こう」

 領主のベッドは屋敷の裏のガラス温室に持ち込まれていた。村医者の話では領主の体温が危険なまでに下がることがあるので、常に温かい場所で安静にする必要があったからだ。

 花に囲まれた領主は童話に出てくる呪われた王子のように目を閉じ、静かに息をしている。

 ベッドのそばにナイトテーブルが置いてあり、さらわれた少女の写真が小さな額に入って、飾ってあった。写真屋の書割の前に立ち、恥ずかしそうに笑うリーベル。シファキスはその額から写真を抜き取って、ポケットに入れた。

「先生、彼女を探す気ですか?」

「タダ飯をごちそうされ、目の前でさらわれ、おれの車を蜂の巣にした。タダ働きになるかもしれないけど、かっこいいシチュエーションだ。違う?」

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