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宴で使われるバターは料理ごとに――

 宴で使われるバターは料理ごとに異なった。工場で大量生産される都会のバターと違って、農村部のバターは牧場ごとに味が違うし、もっと言えば、牛ごとに違う。

 だから、こうした宴では、料理ごとにぴったりの相性というものがバターにあり、料理人たちは玉ねぎスープにはクリップ農場のバターを、鱒のムニエルにはアンドリュー・ホーキンスの牧場のバターを、そして、羊のスペアリブ用のソースにはスターカムじいさんが持っているぶちの牛の乳とカップマン牧場の山羊の乳からつくったミックス・バターを使わなければならないといった鉄の掟があるのだ。

 ペリカン荘の月に一度の宴では荘園で働くものが全員参加する。屋敷には母屋よりも大きな食堂があるのだが、それは先祖が騎士としてこの地を領有した時代につくった石のドームであり、電気の代わりに鉄のランタンやたいまつが照明に使われ、なんとなく秘密結社の集まりに参加しているようなワクワクが得られた。

 古い板造りのテーブルがいくつも並べられ、〈王〉と〈法官〉と〈騎士〉を描いた大きなタペストリーの下がる上座に領主のオーランドとリーベル、そして、客人であるシファキスとソウヘイが席についている。

 オーランドが祝辞を述べる。麦が育つ祝辞、牛が育つ祝辞、客が来てくれた祝辞。

「このペリカン荘でみなが健康に過ごせることが何よりうれしい。みなとともに客人を歓迎できることもまたうれしい。客とともに福が来るとも言う。ペリカン荘の平和な日々に」

 ベストにシャツに気取らないネクタイをつけたオーランドは貴族の義務の体現者だった。昔は宴で述べる貴族の祝辞にはそれを実現させる魔法の力があったという。領主として、彼にはペリカン荘の全ての住民に対する義務があるのだ。

 その隣にはリーベルが座っている。ソウヘイはシファキスにこっそりきいたオーランドの話を全部教え、リーベルにちょっかいを出すなと釘を打っておいた。

「おれは背中に弱いんだよ」

「何の話です?」

「背中がグワッと開いたドレスが似合う美人が好きなんだ」

 リーベルは毛織の田舎風ドレスである。

「な?」

「なにが、な?、なんですか、先生」

 農民や屋敷の使用人たちは葡萄酒の杯を重ねて重ねて、子どもたちはジュースを大人の真似をして重ねて重ねて。ふるまわれる焼いた豚やリンゴを隠し味にしたシチューに舌鼓を打つ。ペリカン荘の人びとはひとつの大きな家族のようだ。

 ソウヘイはいろいろ理由があって、そういうものを知らずに生きてきた。だから、こうした場と風習が長く続いてくれればいいと思う。ソウヘイの脳裏にはワタリガラス荘の異常な出来事のことが短時間に切れ切れにあらわれてくる。アルテマ、というよく分からないものがこの国に広がっているらしい。

 ソウヘイは家族の温かさを知らないから、そういうものがどれだけの力を持っているかが分からない。ワタリガラス荘で起こったような出来事を跳ねのける力がどれだけあるのかということだ。

「客人! 飲んでるかね!」

 顔じゅう髭だらけの農夫がやってきて、ソウヘイのこたえをきかず、コップに葡萄酒をどっぷどっぷ注いだ。コップは木彫りの古いコップで魚のような竜が彫ってある。あまり酒に強くないソウヘイがちびちび減らした葡萄酒は再びあふれんばかりになる。

 一方、シファキスのほうはと言うと、ザルだからいくらでも飲める。既に三人の農夫から「にいちゃん、その飲みっぷり気に入った! うちの養子になれ!」と勧められていた。

 気づくと、リーベルがいない。探してみると、農民たちのテーブルのそばで小さな女の子のリボンを結んでやっていた。まわりは自分も結んでもらおうとしている子どもたちが跳ねたり、笑ったりしている。

 オーランドはそれをとても大切な宝物のように眺めていた。

 銃声が鳴り響いた。

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