「旦那さま、首都はいかがで――
「旦那さま、首都はいかがでございましたか?」
「どうも、奇妙なものだったよ。どこに行っても、アルテマがある。古代に学び、いまに活かそうとすることは素晴らしいけど、彼らを見ていると、どうも、僕が思っているものとは違う古代を見ている気がするんだ」
上のバルコニーにこの農園の主人がいる。ソウヘイは勝手ながら、主人は体がビール樽みたいな形の、楽天的な中年を想像していた。だが、声からきくと、主人はずっと若い。まだ二十代のようだ。
「そうですか。何とも不安なお話ですな。それでウィーホーデン伯爵さまの御用は……」
「僕に政治家になれって。アルテマ党から出馬しないかというものだった」
「先代の旦那さまは御友人の御勧めで断り切れず、自由党から出馬されて、上院議員になられましたが、そのときのことは――」
「もちろん、そのことが頭にあったから、断ったよ。父さんは散々な目にあったからね。第一、議員になったら、ずっと首都に勤めなければいけない。僕はここを離れたくないよ」
「わたくしども一同も、旦那さまとは離れたくありません」
「それに、僕はどうもアルテマ主義の考え方に同調できない。アルテマ文明は全て正しくて、それ以外は無価値だって論調はちょっと違うと思う。いろんな考え方があって、そのなかでアルテマも混じり、切磋琢磨して、よりよい未来へつなげようというのなら、賛同できるけど、彼らはアルテマ文明をそっくりそのまま、現代によみがえらせようと主張する。そして、それを支持しないものは力でねじ伏せても構わない。そんなことを言う人が、多すぎる」
「隣のワタリガラス荘で、アルテマ党員たちが行進をしたことは御存じで?」
「ああ、きいたよ。あの大人しいワタリガラス荘の人びとが興奮して、大声でアルテマを称えながら、自分たちの家のドアや窓を叩き割って、家具を放り出したって。はじめてきいたときは信じられなかった」
「実際に見かけた手前どもも信じられません。それに恐れてもいます。まるで心が言いなりになる病気のようです。それにかかると人は荒々しくなって、アルテマの崇拝者になってしまうのであります――旦那さま。せっかくお帰りいただいたのに、こう暗い話題ではいけません。明るい話題もございます。今日の宴は農園のものはみなやってきます。それに旅の方がおふたり」
「どんな人たちかな?」
「男の方がふたりです。荘園の入り口でリーベルさまがお見つけになられました」
「うん」
「旦那さま?」
「うん?」
「リーベルさまのことはおききにならないのですか?」
「だって、セバスチャン。首都に行ったのはたったの二週間じゃないか」
「その二週間、リーベルさまは大変寂しそうにしていらっしゃいました」
「うん」
「リーベルさまも十七歳でございます」
「何の話だい?」
「リーベルさまがかわいそうでございます」
「どうして?」
「旦那さまがお避けになるので」
「僕は避けてなんかいないよ」
「リーベルさまのことが嫌いでございますか?」
「そんなわけないだろう。セバスチャン。なんだか、今日のあなたは変だよ」
「では、旦那さま。質問を変えましょう。ここに旦那さまの好きなシュークリームがひとつございます。とてもおいしいシュークリームでございます。ひとりで食べようとすると、リーベルさまがあらわれました。どうなさいますか?」
「ふたつに割って、リーベルにもあげるよ。彼女もシュークリームは大好きだから」
「よろしいのですか? それは世界で一番おいしいシュークリームでございますよ? こんなにおいしいシュークリームとは二度と巡り合えないかもしれませんよ。それでも半分に分けてしまうのはなぜでございます?」
「それは……」
「それは?」
「そんなにおいしいシュークリームなら、リーベルがおいしそうに食べているのを眺めながら食べたい。リーベルが喜ぶ顔を見ながら食べたほうがずっとおいしいし、僕も幸せな気分になれる」
「旦那さま、それが愛というものでございます」
「はぁ、セバスチャン」
「お気持ちを素直に表明なさることは何もおかしくはございません」
「……でも、卑怯じゃないかな?」
「なぜです?」
「彼女は幼いころから、父さんに引き取られて育った。本当の娘みたいにかわいがった。でも、それが束縛になっていないかい? それで、僕が愛してるって言うのは、その束縛を利用しているようで卑怯な気がする」
「……旦那さまがあまりにも真っ直ぐすぎるので、少々心配になってまいりました」
ふむ。ソウヘイは腕を組んで、うなずく。純である。シファキスが彼女にちょっかいを出したら、殴って止めよう。