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鍵がひとつ揃うたびに、溝をひと筋の青い光が流れ落ち——

 鍵がひとつ揃うたびに、溝をひと筋の青い光が流れ落ち、全ての溝に光が満ちると、扉が石のこすれる音をミシミシ立てながらゆっくり開いた。

 とは言っても、その速さはキザ野郎がポケットチーフを取り出して、自分の背広のホコリを払うキザ動作と同じくらいゆっくりだったので、そのあいだにソウヘイは確認しておくことにした。

「殺してって、本気か?」

 ――はい。

「一応、きいておくけど、……なんで?」

 ――彼がわたしを使って何をするつもりかを知りました。とても恐ろしいことです。それもわたしが死ねば、回避できます。だから、お願いです。わたしを殺してください。

「そうか。そんじゃ、お言葉に甘えて」

 ――え?

「冗談だよ。以前、連続幼児殺人鬼が人質の女の子の頭に銃を突きつけてたのを助けたことがある。あれに比べれば、どうってことない。おれたち、あんたを助けるために車二台潰してきたんだ。それを無駄にはできない」

 柔らかい花びらと静かに揺れる剣型の葉。

 そのあいだに古い石畳の道が伸びていた。足跡が青い光になって残る。

 空は雲のない透き通った青。

 そして、大樹の塔。

 蔦と花でできた柱、巡り続ける古代語の石の環、さらにその上に白く丸い球体がある。

 そのなかにリーベルがいた。

 白い羽をたたみ、膝を抱えている。

「見ロヨ、でぃんうぃっく!」

 声は樹海塔のふもとからきこえてきた。

 人形に手を突っ込んだディンウィック・スミスが立っている。そのそばには白く輝く譜面台とオルガンの鍵盤がある。

「アイツ、ホントニ、ココマデ来タゼ!」

「そうだね、スピンくん」

「残念ダケド、手遅レダゼ、バーカ! オレタチハ世界ヲ作リ治スンダ」

「そうだね、スピンくん」

「ソコデ指クワエテ見テロヨ、ハッハ!」

「スピンくん、ごめんね」

「ハ?」

 人形をつけたまま、譜面台を殴りつける。

「ギャッ!」

 スピンくんの額が割れた。

 ディンウィックは殴り続けた。

「ギャッ! ギャッ! ギャアアアッ!」

 目が飛び散った。体が裂けた。腕がもげた。

 何度も何度も。

 砕ける。割れる。破れる。

 もう、人形は縦に動く口と腕がもげた胴体、赤い蝶ネクタイしか残っていなかった。

「ナ、ナンデ……」

「きみをつけていたら、鍵盤が弾けないからね」

 人形は草むらへ放り投げられた。

 ディンウィックは腰かけを少し後ろに下げて、オルガンを弾き始めた。

 樹海塔から和音が降り注ぎ、ソウヘイは吹っ飛ばされて背中から石畳に落ちた。

「くっそ……いってえなあ!」

 立ち上がり、走り、振りかぶって殴る。

 だが、拳は見えない壁にぶつかって、ソウヘイはまた後ろへ、庭園の入り口まで吹き飛ばされた。

 宙でぐるっと身を巡らせて、左足を目いっぱい伸ばして着地する。

 そのあいだも和音が降り続ける。それはアルテマを受け入れろとソウヘイのなかへ入り込もうとする。

「断る!」

 地を蹴って、体が自分の影に触れるくらいに低く走り、飛び上がった。

 樹海塔から伸びる、一本の枝をつかみ、そのまままわって、真上へ飛び上がる。

 演奏者に手が出せないなら、リーベルを目指すまで。

 そのあいだもディンウィックは演奏を続ける。

 その長い腕はひとつの鍵盤も取りこぼさない。

 アルテマがいかなる人間も取りこぼさないように。

 ソウヘイが握った蔦は温かく拍動していた。

「これでもくらっとけ!」

 そこに苦無を突き刺す。

 苔で滑り落ちそうになる。

 腕にからみつく蔓を引きちぎって、上を目指す。

 和音がまだ襲いかかり、宙へ投げ出される。

 地面に叩きつけられ、全身の骨がバラバラになるような痛みが走った。

「ぐっ……まだまだぁ!」

 駆け、飛び、上る。

 蔦が持ち上がり、ソウヘイを落とそうとするたびに苦無を刺した。

「うわっ!」

 また飛ばされて、地面に叩きつけられる。

「いってぇ……」

 よろめきながら、立ち上がり、また駆ける。

 蔦を上るソウヘイの前に実が膨らむ。

 アルテマはなぜ抗うのかとソウヘイに問いかける。

 その返答として、木の実に苦無を突き刺した。

 また吹き飛ばされた。

 立ち上がり、落ちる。立ち上がり、落ちる。

 何度も繰り返した。

 もう何度目かわからない。

 立ち上がろうと、体をまわし、うつ伏せになった。

 だが、膝に力が入らない。腕が痺れている。

 体が動かなかった。

 体の関節全てがもう限界だと悲鳴を上げていた。

「だから、なんだよ……」

 額が切れて、血が目に入った。

 それを拭って、唾を吐く。

 ——なぜ抗う。

 全身を浸した和音が細胞を通じて問う。

 ソウヘイは立ち上がり、砂鉄入りグローブをはめなおす。

 ――なぜ抗う。

「あーっ、うっせえな! 知りたきゃ教えてやる! 全てのクソッタレども。小さな花畑を踏み荒らして台無しにするクソッタレども。部下を大勢死なせて平気で勲章をもらうクソッタレども。クズみたいなクスリを血管に流し込んで人生台無しにするクソッタレども。待ち伏せのために宿屋の一家を皆殺しにしたクソッタレども。ひとりの少女に世界を救うために自分を殺してくれといわせたクソッタレども。そういう、クソッタレどもをひとり残らずぶちのめす! それに理由なんて必要ねえんだよ!」

 駆けた。樹海へ飛んだ。

 そして、上へ。

 だが、今回は違った。

 これまで刺した苦無が足場になっている。

 これまで無謀にやられていたのではない。

 考えがあった。

 和音の戯言は耳に入らない。

 勝機に躍動した。

 何よりも理由があった。

 丸い球体。

 そのなかにリーベルがいた。

 数枚の羽がゆっくりと浮く液体のなかできつく目を閉じていた。

 意識を失っていたのではない。

 耐えていたのだ。

 ただひとりで。

 球体のなかに手を伸ばす。

 波紋が広がった。

 ソウヘイは細い手首をつかむと、少女を外へと引き出した。

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