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「スピンくん。最後の子どもも取られてしまったよ」――

「スピンくん。最後の子どもも取られてしまったよ」

「児童相談所ッテノハ、ロクデモナイネ!」

「そんなこと言うものじゃないよ、スピンくん。彼らも仕事だからね」

「何ヲシテルンダ?」

「アルテマの種を植えているんだ。世界再編成プロセスの実行が可能になったら、この木は驚くくらいの速さで驚くくらい大きく育つんだよ」


 でぃんうぃっく!

 ディンウィック・スミスは目を開けた。

 彼の部屋のほとんどは巨大な根に押しつぶされかけていた。よく夜食のシチューを置くのに使った、皿の形にくぼんだテーブルが根から出た枝にひっかかって、宙に浮いている。

 スピンくんが彼の左手でカチカチと口を動かしている。

「ヤッタナ! あるてまガ始マッタンダ!」

「部屋が潰れてしまった」

「部屋ガ何ダ? オレタチハ世界ヲ、ヤリナオスンダロ?」

「帽子はどこかな?」

 ディンウィックは押しつぶされた戸棚から焦げ茶のホンブルク帽を救い出し、鏡が割れているので、感覚で蝶ネクタイのバランスを取った。

 古い写真。額は壊れ、ガラスが割れている。

 アルテマのお日さま孤児院の正面玄関が写っている。

 背の高いディンウィックと彼の左手におさまったスピンくん。

 そして、役所に取り上げられた最後の孤児がひとり。

「でぃんうぃっく!」

「なんだい?」

「写真ヲ見テル場合ジャナイゼ! 浮遊島ガドンナモンカ見ニ行コウ!」

「わかった、わかった。じゃあ、行こう」

 廊下へ出て、孤児に似せてつくった古い人形がバラバラになっている部屋を通り過ぎ、大きく裂けた窓から孤児院の外へ出た。

 そこは植物の根と岩がつくった細い迷路で、涼しい風が流れてくるほうへと道を取ったら、外に出た。

 根のあいだを抜けると、大きなプロペラが斜めになってゆっくりまわっていた。

 まるで空の星を削ぎ落そうとしているようなかわいげのない動きで、プロペラはぶつかってくる風から巨砲陣地を動かす動力を稼いでいたのだ。

 ディンウィックは〈種〉が軍隊とか戦車とか、そういうものに傾いて育ったことを残念に思った。

 全てがやり直された世界には軍隊も戦車も必要がないはずだった。

 石材が思い思いの形で散らばり積み上がる広場があり、宙に置き去りにされた土塊つちくれがあり、首と両手を折られた女性の石像が並ぶ回廊があった。

 回転砲塔と溶鉱炉、兵器工場、首長竜のような起重機が並んだ丘。

 箱詰めされた柄付き手榴弾。

「素晴らしい!」

 欄干から見下ろしてみると、キャリントン大佐が噴水のある広場で天使の軍隊を閲兵していた。

 端整だった大佐の顔はソウヘイに殴られたせいで紫に腫れあがっていて、潰れかけた鼻をしょっちゅうハンカチで押さえないといけなくなっていた。

 だが、百体の天使たちもまたグロテスクだった。材料は真鍮、蝋、合成皮革、時計用のゼンマイ、陶製の仮面、そして蒼白くふやけた正体不明の肉だった。

 ディンウィックが話をしに階段を降りると、キャリントン大佐は、

「空中の要塞で天使の軍隊を指揮できる立場になれるとはな。まあ、天使には改善の余地がある。ああ、これはお返ししよう」

 ディンウィックは先日渡した名刺を受け取り、ポケットに入れた。

「もう必要ない。だが、勘違いしないでくれ。あなたに相談してよかった。こればかりは自分の直感を誉めてやりたい気分だ」

「たくさん誉めてあげてください。子どもが伸びますから」

 大佐とディンウィックは親子ほど齢が離れていたが、この言葉は気に入らなかったようだ。大佐は敵を迎撃しに行く、と言って、スタスタ歩いていってしまった。

 天使たちがその後に続く。

「天使ではありません。翼人です」

「ソウソウ。神サマナンテ、イルノカ、イナイノカ、分カラナイヤツノ子分トハ違ウゼ」

 ディンウィックの目の前で密集した根が盛り上がって、草地を裂き、岩をどかし、大砲が一門、支えを失って落下した。

 あらわれたのは大きなひとつの門。

 門扉が左右に分かれる。

 その先にあるのは——

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