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「月がきれいですねえ」――

「月がきれいですねえ」

 セールスマンが言った。いまでは車の助手席に座っている。

「ここ、どこなんだろうなあ」

 後部座席でくつろぎながら、シファキスはウィスキーをくいッとやった。

 セールスマンもくいッとやった。

 B型パーカー・ツアーリング・セダン・カスタムーーカスタムとはもちろん、タイヤ代わりの円盤だ。

 いま、車は空を飛んでいた。

 軍はメンツをかけて、ふたりを撃ち殺そうと、一個戦車大隊と空中機械二個中隊、一個猟兵旅団を投入したが、ふたりは、というよりもB型パーカー・ツアーリング・セダン・カスタムはそのまま空へと逃げた。空中機械中隊は気球に小さなエンジンをつけた程度のものだったので、B型パーカー・ツアーリング・セダン・カスタムの上昇速度についてこれなかった。

 そして、その結果、ふたりは眼下に雲が海のように広がる、月夜の世界にいた。

「ガソリンは一ミリも減ってないですね」

「そりゃエンジン動いてないからね。完全な四輪駆動。完全自動運転四輪駆動」

「わたしたち、地上に帰れますよね?」

「円盤にきいてくれ」

 下を見ると、優しい輪郭の雲の丘陵で車の影が膨らんだりしぼんだりしている。

「なんだか、あの雲の上を歩けそうな気がするね。ソウヘイがいないから確かめられないけど」

 ラジオをいじると、下々の世界ではシファキスとセールスマンが欠席裁判で銃殺刑を言い渡されているのがきこえてきた。

 まもなくラジオはヨーデルを爆音で流し始めたが、車には不快だったらしく、激しく左右に揺れ始めた。

 操縦できない空飛ぶ車のゴキゲンを取ろうと、ラジオを止めたが、左右に揺れるのをやめないどころか、激しいループでひっくり返り始めた。

 そこでようやく気がついた。

 ヨーデルにかき消されていた、機銃弾の空気を切る音に。

 戦闘機が一機、シファキスたちの後ろにしっかりと食らいついていた。

 最新型で火力特化、操縦席の前に二丁の七・六二機銃、翼の上に一〇ミリ機銃を組み込んだガンポッド。星型エンジンがブンブン呻れば、インメルマン・ターンからの背後取り、三丁の機銃で蜂の巣はお手の物。

「なんだよ。おれ、銃殺刑だっていうから、てっきり夜明け、監獄の裏庭で墓穴の前に立って、目隠しと神父の懺悔を断り、その代わり、煙草を一本もらえるかと言って、最後の一服をゆうゆうと楽しみ、こんなことは何でもないんだと不敵に笑って、撃ち殺されるもんだと思ってたのに、実際には空飛ぶ車ごとの蜂の巣だったのか?」

「この車、電話ありませんかね? 社の法務部を通じて抗議します」

 そのとき、一〇ミリ弾が車のなかに飛び込み、シファキスの中折れ帽に穴を開け、セールスマンのアホ毛をちぎり取り、運転席の窓から外へと飛びぬけた。

「ひゃあー!」

「アホ毛殺しー! おまわりさーん!」

 熱でゆがんだ弾道を残して飛び過ぎる銃弾を車はきわどくかわしていく。

 車の腕前は前の大戦の撃墜王レベルだが、機能で敵機に劣る。

 空軍士官学校ではこういうとき、真上に上昇するのは自殺行為だと教える。

 自機が先に息切れして、落ち始めれば、そこを撃たれるからだ。

「あのー、自動車さん。きこえてたらでいいんですけど、真上に向かって飛んでもらっていいですか?」

「それ、バツリでなんとかできるんだよな? 頼むから、ハイってこたえてくれ」

 自動車はセールスマンの言う通り、垂直に昇った。

 車のなかにあるもの全てが――小銭、空薬莢、吸い殻、成人向け雑誌から切り取った水着の女性の写真、お試しバツリ教本――後部座席へと落ちていく。

 シファキスが窓を覗くと、戦闘機ががっつり後ろについてきていた。操縦士の目はゴーグルで隠れているので分からないが、口のほうはにんまり笑っているのがはっきりとわかる。インチキルーレットで客をハメたディーラーみたいな顔だ。

 ヒュウン、ヒュウン、と神経に直接響くような音がした。

 四つの円盤はもう限界、これ以上は昇れないと言っているらしい。

 ついに車が上昇をやめ、一点に止まった瞬間、セールスマンは助手席のドアを開け、ウィスキーボトルを取り出すと、ライターで火をつけた。

 ボウッ!

 瓶の口に突っ込んだハンカチが景気よく燃えだし、セールスマンは手を離した。

 火炎瓶はまっすぐ下へ――回転するプロペラへと落ちていった。

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