車は屋敷の前の、屋根のある車まわしに――
車は屋敷の前の、屋根のある車まわしに止まった。
少女は馬を厩舎に連れていき、そのあいだ、年老いた執事があらわれて、シファキスとソウヘイを迎えた。
「お客さま。お嬢さまより仔細はきいております。どうぞ、こちらへ」
「どうせ案内してもらえるなら、リーベルさんさんのほうが」
未練がましいシファキスの袖をソウヘイが引っぱる。「ほら、行きますよ。案内、お願いします」
農業神話のモザイク画に囲まれた玄関ホールには農夫の子どもたちがコマをまわしていて、左のアーチがある演奏室ではふたりの百姓が赤粘土製のパイプを吹かしながら、トマトの新しい苗の育ち具合について話していた。
「地主屋敷にしては珍しいですね」
「旦那さまにとって、この荘園の人間はみんな家族なのでございます。お客さま、運がようございます。今日は週に一度の夕食会でございます。荘園のものがみな食堂に集まって、宴を催すのでございます」
ふうん、とソウヘイ。
「地主ってのは、小作人を雑巾みたいに絞ったり、塩の塊を詰めた鉄砲で撃ったり、ポーカーのチップがわりに使ったりするもんだと思ってたけど――いてっ」
シファキスが足を蹴飛ばした。
「すいませんね。こいつ、皮肉がかっこいいと思う年頃なんで」
「ははあ」と、老執事。「手前にも覚えがございます。皮肉は異性の方にもてますからな。でも、ささやかな良心を犠牲にするほどではありません」
「きいたか、ソウヘイ。お前、ささやかな良心、切らしてんじゃないのか?」
「たっぷり三時間、人に車を押させた人間に言われたくありません」
執事はいくつか中庭を抜け、客室が集まる棟にふたりを連れて行った。
「おふたりの泊まられるお部屋がこちらです」
シファキスは手を頭の後ろにまわして、軽くかきながら言った。
「いやあ、そこまでお世話になるわけにはいきませんよ」
「……しらじらしい」
「ん? なんか言ったか、ソウヘイ」
「いえ」
執事は首をふって、シファキスの辞退をさらに辞退させた。
「いえいえ、もし、ここでお泊めしなければ、手前が旦那さまに叱られてしまいます」
こうして、ふたりは客となり、今日、泊まる部屋へ入ってみた。
古いがきちんと手入れがされている机と椅子、それに衣装棚があり、部屋の隅には真鍮の蛇口があった。ひねってみると、染みるように冷たい、ポンプ知らずの湧き水が流れ出した。飲料にも耐えられる水がかけ流しとは素朴ながら豪勢な仕掛けだ。
部屋の湿気にこだわりのあるシファキスはポケット湿度計を部屋のあちこち――隅、椅子の上、布団のなかまで調べまくり、
「よし、合格」
「人の善意になに偉そうなことしてるんですか」
「だって、布団が湿ってるとよく眠れないんだもん」
そう言ってから、背中からベッドにボフンとダイヴする。
「はあ……」
「あー、気持ちいい……ん? ソウヘイくん。お出かけ?」
「ちょっと屋敷のなかを見てみます。まだ、食事には早いようですし」
客間のある棟は平屋建てになっていて、母屋とは屋根付きの回廊でつながっていた。回廊はふたつの庭に挟まれていて、小川をまたいでいた。
週に一度の宴会で披露するのか、農夫の弾いているフィドルがきこえた。ある部屋には十字の切り目を入れた大きなパンが机の上、棚のなか、吊り下げ皿にいっぱいになっていて、黒い髭を生やした村の鍛冶屋が火床のそばで豚を切るのにつかうナイフを念入りに研いでいた。
村人や使用人たちはソウヘイを見ても、いぶかしんだり、不思議そうな顔をしたりしない。ここの主人がよくソウヘイたちのような客人を迎えているのは本当らしい。