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不思議な力の動力源らしい少女のそばで——

 不思議な力の動力源らしい少女のそばで見つけ、おぼろげに発光しながら空を滑空する不思議な能力のある円盤。

 明らかにアルテマ一味の貴重品であり、ひょっとすると今も血眼になって探しているかもしれない。

 しかし、まさかそれにドリルで穴を開けて、自動車のタイヤの代わりに使っているとは思うまい。

 仮に実際に見たとしても、たぶんアルテマたちは見間違いだと思うはずだ。

 ありえない、そんなはずはないと。

 人は自分の常識からでしか物事を計れない。ソウヘイだって、率先して肉体労働に従事するシファキスを見たら、見間違いだと思う。

 何度も言うように人は自分の常識でしか物事を見定められないのだ。

 ただ、さすが滑空能力があるだけのことがあり、上り坂でスピードを出してジャンプをすると、滞空時間が長く、また着地したときの衝撃はないも同然。

「あ、停めてください」

 急ブレーキが円盤表面の文字をギャリギャリと削る。

「どうした?」

「買い物してきてもいいですか?」

 買い物? と見てみるが、そこにあるのは婦人服店だ。

 このなかで婦人服店に用がある人間がいるとは思えない。

 車が停まると、セールスマンはスタスタと店のなかに入っていった。

 シファキスがソウヘイについていけとせっつく。

「なんで、おれが?」

「セールスマンが変態的行為に及んだら、止めるんだ」

「無理ですよ。柔術の奥義極めてるんですよ?」

「だから、お前を行かせるんだ」

 納得いったようないかないような心境で、ソウヘイは店のガラスドアを押した。

 考えてみると、西へやってきてから、こういう店に入るのは初めてだ。想像以上にピンク色が多くてひるむ。

 セールスマンはガラス造りのカウンターにいて、若い女性店員に、

「ブラジャーとパンツをください」

 と、ためらいもなく言うので、ソウヘイは逆に感心してしまった。

「お前、勇気あるなあ」

「それにそっちのストッキングとスカート、ブラウスも」

「ん?」

「あの少女の着替えですよ。助け出しても服がなかったら、困るでしょう」

「ん? あ、ああー、ああ。そうだよな。おれもそう思ってたよ」

 車に戻ると、シファキスが空っぽショルダーホルスター症候群を発症していた。空っぽのホルスターがパタパタ脇を叩かれているうちに、自分が世界で一番バカな人間のように思えて、悪寒発熱気だるさを覚えるのだ。この病気で死ぬことはないが、ホルスターに銃があるという幻覚障害を起こすことがある。死ぬか生きるかの四五口径弾がこの上なく重要な局面で、空っぽのホルスターでありもしない銃をまさぐって、あえなく戦死ということもあるので、できるだけはやくホルスターに銃を入れたほうがいい。

「でも、先生。今のおれたちに銃を売るやつなんていると思いますか?」

「銃砲店を襲えばいい」

「先生、それ、マジで言ってますか?」

「だって、銃が欲しいんだい!」

「必要なのは精神修養ですね。バツリの教本はいかがです」

「遠距離攻撃がしたい!」

 後部座席で大人たちの大人げないやり取りにうんざりしたようにため息をついたエミーリオが手帳に何かを書いて、それを破り、シファキスに渡した。

「その住所へ行け」

「なんだ、これ?」

「リミテッドのアジトだ。どのみち、次の指令を受け取らないといけない」

 その住所は小さな町の小さな仕立て屋だった。町の広場は昼間の光で暖められ、子どもが犬を追いかけていた。地元の警官がひとり、ベンチで昼寝をしている。広場の真ん中には町の建設者の銅像があり、その銅像と向かい合う形で仕立て屋がある。

 老人がひとり、布にチョークで線と×をつけていて、入ってきたエミーリオを見ると、

「袖はどこにいったんだ?」

「腕にケガをした。司令は?」

「そっちの三人は?」

「臨時構成員だ」

 勝手にリミテッドの非正規雇用員にされた三人は福利厚生はどうなってるんだろうとひそひそ話していたが、老人は試着室を開いて、鏡を押した。煉瓦が剥き出しの下り階段があらわれた。

 老人がシャツとジャケットをエミーリオに投げた。

「司令に会ってこい。いろいろ知りたがってる」

 裸電球を吊るした階段を下りる。その先には広い部屋があった。通信機にかじりつくもの、タイプライターのキーを叩くもの、暗号表を片手に手紙の解読にいそしむものと典型的なスパイのアジトだ。

 部屋の隅に女性がひとり、煙草を片手に解読済みの手紙の文字を不機嫌そうな目で追っていた。髪をポニーテールにし、着ているものは男ものの古い仕立てのスーツだった。いまでは勤務連続三十年の小役人くらいしか着るもののいないもので、女性の『ファッションなんざくそくらえ!』という主張が総天然色であらわれていた。

 その女性が、このアジトの司令官だった。厳格な人物なので、シファキス、ソウヘイ、セールスマンのようなちゃらんぽらんした人間は追い払わないといけない。そのため、エミーリオは武器庫のある道を教え、セールスマンには近接戦闘訓練室のドアを教えた。ソウヘイを釣る施設がなかったので、エミーリオは、まあ、他のふたりよりはマシかと思い、ただ『くそったれリミテッド』だけは絶対に言うなと念押しをした。

「わかった、わかった。そんなに心配するなよ」

 エミーリオがやってくると、女性は手紙を置いて、眼鏡を外した。

「十分遅刻だぞ、〇〇九九号」

「アルテマ勢力の抵抗に遭い、〇〇三四号、〇〇三七号、〇〇七〇号が死亡しました。ですが、臨時構成員を三人雇用して、任務を遂行できました」

 司令はじろじろソウヘイを見た。なに見てんだよ、くそったれリミテッドと言いそうになるところをエミーリオが素早く遮った。

「次の任務は何ですか?」

 司令はまたソウヘイを見た。おれが女を殴らないと思ってるんなら大きな間違いだぜ、くそったれリミテッドと言いそうになるところだったが、司令はため息をつき、ペンで書き足してから新しい指令書を出した。

「読め」

 内容はアルテマ遺跡への侵入とアルテマ勢力からリーベル・アスカノンを奪取すること。そして、いま書き足した文字は臨時構成員を継続して雇い、任務を遂行せよとあった。

 武器庫から稲妻みたいな銃声がして、「イヤッホー! ウィンターズ・カノンの対戦車モデルじゃないか! 世界に十丁しかない限定モデルなのに、ここに六丁もある!」とシファキスの大声が上がった。ソウヘイは、また先生がなんかしてる、と指で額を押さえながら、武器庫へ向かう。

 ソウヘイが武器庫に消えると、司令は椅子を軋ませて、エミーリオに向き直った。

「変わったな。〇〇九九号」

「何がですか?」

「お前は外部の人間とは絶対に組まない」

「今回は仕方なくです」

「わたしにはそうは見えないな。あの三人は何が目的で動いている?」

「僕にはさっぱり分からないのですが、――目の前でリーベル・アスカノンがさらわれたので、動いているそうです」

「それだけか?」

「一宿一飯の恩義とも言っていました」

 エミーリオは司令が声を上げて笑うところを初めて見た。その場にいた他のスパイたちも同じだったらしく、タイプライターの音が一瞬止んだ。

「そんな騎士物語みたいな理由で世界有数の悪辣な結社を敵にまわすのか。度し難い」

 ズドン! イヤッホー、と、シファキスの声が響く。

「いい変化だ」

「何がですか?」

「リミテッドは時に外部勢力とともに任務にあたることがある。お前を伸ばすチャンスだ」

「僕としては、もう二度と外部との共同任務はしたくない気分です」

 バタンバタン! すごいでしょ、すごいですよね、こんな技を簡単に会得するにはこの教本!とセールスマンの声も響いてきた。

「最新の情報によれば」と、何か言おうとするエミーリオを司令が遮った。「セレスタン・ハレルヴァンが現在、遺跡の発掘現場にいる。可能であれば、排除しろ」

「暗殺任務ですか。久しぶりですね」

「遺跡はアルテマ勢力にとって、最厳重警戒地区だ。侵入するにはヴェントリーの軍用駅から発車する装甲列車に忍び込むしかない」

 ――やった! 五冊も売れた! ボーナス間違いなし!

 ――ドギャン、ドギャン! 癖になるなあ、この火力!

 ――ちょっと先生! 銃口をこっちに向けないでくださいよ!

「……」

「……とにかくだ。手段は選ばず、遺跡へ侵入しろ。以上だ」

 やってきた三人を見たエミーリオは三人を弾除けにして、そのあいだ潜入することを本気で考えた。

「いやあ、二丁ももらえた。デカい銃だけど、ほら、おれって身長一八四センチだから、普通に扱えるんだよね。ホルスターでの持ち運びも、ほら、違和感がない」

「いやあ、五冊も売れました。しかも、絶対に返品しないって誓約書付き。でも、まあ、これは始まりにすぎません。これから重版重版また重版ですよ。歩合が跳ね上がりますねえ」

「おい、くそったれリミテッド。話は終わったのか? どうもリミテッドの巣は居心地が悪い」

「……さっき終わった」

「じゃあ、行こうぜ。さっさとアルテマをぶちのめして——あれ?」

 ソウヘイが立ち止まった。壁に貼ってあるポスターにアルテマ勢力の有力者の名前が載っている。党首のセレスタン・ハレルヴァンや情報部のキャリントン大佐、それに昨日、戦艦ごとバーベキューになったアルテマ・ブリュワリーの経営者ベネディクト・ウォール。他にも軍や党の人間の写真が載っているが、最後のひとりだけ、名前の欄が???になっている。

「先生、こいつ——」

 と、最後のひとりを指差す。

「ほら、あいつです。デカい孤児院院長ですよ。腹話術人形も写ってます」

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