表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

夜空は空中戦艦の噴き出す炎で——

 夜空は空中戦艦の噴き出す炎で赤黒く濁っていて、星は軒並み煤煙に消え、きらきら光った足下の町や村では非常事態を知らせる鐘が鳴り響いている。

 そりゃ、慌てるだろう。このあたりで最大の醸造産業が頭上で爆発四散しているのだ。

 四人はと言えば、ゆっくり降りていた。手に持った円盤は淡い光を放ちながら、優しい浮力を感じさせる。根拠がソウヘイの頭のなかの声だけという割にあわない賭けはジャックポットをはじき出し、四人は落下傘部隊よりも安全に地上へと降りていく。

 円盤は四人を生かすことに使命感を有しているらしい。ソウヘイ自身、そこまで円盤が自分たちの命に責任を持ってくれるとは思わなかったが、直径二十メートルのプロペラが燃えながら飛んできたとき、円盤は少し横に動いて、ソウヘイの体が真っ二つになるのを防いでくれた。

 燃える空中戦艦はよりによって、陸軍の地雷演習場に墜落し、火柱は全ての爆薬が燃え尽きるまで十キロ四方の草原を真昼のごとく照らした。

「まあ、あれだ。変なもん作らずにビールだけ作っていればよかったんだ」

 シファキスのコンサルティングは正業を忘れる大企業に警鐘を鳴らす。

 それ以上に周囲の人里の鳴らす鐘の音がうるさくて、誰にもきこえなかった。

 円盤の浮力のおかげで、四人はどこかの村の牧草地にふんわり着地できた。

「たんぽぽの種はあんなふうなんですかね?」

 セールスマンがメルヘンな感想をもらすが、もちろん人里の教会塔の鐘がうるさくて誰にもきこえない。

「これじゃ眠れないな。と、いうかーー」

 ソウヘイは今夜起きたことを振り返った。

 夕食中にリミテッドの少年スパイが文字通りテーブルの下に潜り込み、股に銃を突きつけられて、屋根を逃げながら探偵たちとの銃撃戦をし、落っこちて、税金をごまかす老人のペットに食われかけ、地下の迷宮ごとぺしゃんこになりかけ、外に逃げたら、町じゅうの曲がり角でパンをくわえた女の子とぶつかるかわりに、上級射手(シャープシューター)に狙い撃ちされ、一世一代教父の危険運転が生み出す遠心力に放り出されないよう必死になって自動車にしがみつき、リミテッドの戦闘機でドッグファイトし、ビール会社の空中戦艦を征伐し、炎に追われ、探していた少女を見つけ、逃がし、墜落する鉄の塊から謎の円盤につかまって降りてきて、いま、ここにいる。

 これだけのことがひと晩に起きれば、興奮して普通(カタギ)は眠れないものだ。

 そして、ソウヘイはカタギではない。シファキスもカタギではないし、エミーリオももちろんカタギではない。

 だから、このくらいのことで眠くならないわけはなく——、

「ぐー、ぐー」

 ……牧草地の真ん中で円盤とカバンを一緒に抱えたセールスマンがいびきをかいている。

 鐘がうるさいなか、エミーリオが手帳を取り出し、何か書き、ソウヘイに見せた。

 ――彼はカタギでは?

 ソウヘイは手帳に書いた。

 ――カタギだ。

 さらに書き加える。

 ――カタギだ。ちょっと触っただけで人を吹っ飛ばせるごく普通のカタギだ。

 三人で交代でまったく起きるきざしのないセールスマンを引きずりながら、鐘のやかましくない場所を探して、牧草地から牧草地へさまよった。さまよって分かったことだが、田舎というのはどこにいても必ず警鐘がきこえるよう、鐘の塔が配置されている。鐘のテンポが速くなると必ず、消防団員を満載した消防車が燃えるキャベツ畑に水を浴びせようと突っ走っているのに出くわした。

 消防車はおんぼろシュボレットのトラックにポンプを積み込んで真っ赤に塗った代物だが、そんなものでも見ると、主のためにその身を捧げ飛行場でローソクみたいにめらめら燃えたA型パーカーを思い出した。

「車を見つけないといけないな」と、シファキス。

「え?」ソウヘイが言った。

「車を見つけないといけないと言ったんだ」

「なんですって?」

「だから、車を見つけないといけないと言ったんだ!」

「鐘がうるさくてきこえないんです」

 シファキスはソウヘイの耳元で手でメガホンを作って怒鳴った。

「車を! 調達! しないと! いけない!」

 ソウヘイはシファキスの耳元で手でメガホンを作って怒鳴った。

「もっと! 大きな! 声で! 言ってください!」

 シファキスは紳士的ににこっと笑って、

「アホ! バカ! ドーナッツとファックしてろ!」

 ソウヘイは寄宿学校の優等生のごとく笑ってうなずいた。

「ええ! その通りです!」

 その後、四人はひと晩じゅう、鐘の音がしない場所を探し、ついに鐘はとっくに鳴りやんでいて、いま、自分の耳をどやしているのは反響に過ぎないと分かったころには日が昇っていた。湿った牧草のもやに揺らいだ朝焼けが顔に照ると、セールスマンは童話のお姫さまみたいに目を覚ました。

「いやあ、よく寝ました」

「ああ、そうだろうさ」

「みなさん、眠そうですね」

 目の下にクマをつくった三人がじとっとにらむ。

「ああ鐘がガンガン鳴ってたらな」

「惜しいですね。耳栓があったら飛ぶように売れたのに」

「バツリの教本ちぎって丸めて耳に突っ込めばいい」

「やめてくださいよ。わたしは自分の売り物を間違った用途のために売りたくないんです」

「そもそも、インチキ本だろうが」

「違いますよ。ただ、習得に個人差があるってだけです」

「二時間から二十年の誤差か。公平取引調査局の査察でも受けりゃいい。というか、あんた、ホントにカタギか」

「カタギです。よきセールスマンはいつでもどこでも寝られるものです。商機は時間を選んでくれませんからね」

「あんた、眠れない夜ってのはないのか?」

「バツリの教本が一度に三冊返品されたときは眠れませんでした」

 そのとき、シファキスが手を叩いた。

「諸君、ちょっといいかな」

「なんですか、先生」

「車を手に入れる必要がある。まさか、空中戦艦持ち出す相手に徒歩行軍をするわけにはいかない。問題はふたつ。手持ちの資金が心もとないことだが、これはおれの類まれなる交渉力で解決できる」

「よく言いますよ。おれにクルミを一度に五つ握りつぶさせて、相手を脅かしたくせに」

「優れた交渉者は利用できるものは何でも利用するものだ」

「もうひとつの問題は?」と、エミーリオ。

「車を買うなら中古販売所に行くことになるが、そういう場所には必ず警察の手配書きがまわっていることだ」

 警察の手配書きをかわすテクニックは古来よりひとつだけ。賄賂だ。

 しかし、一行はA型パーカーの初期モデルだって買えるか怪しいのに、そこで賄賂を捻出するのは不可能だ。

「だから、ソウヘイくん。きみの腕ひしぎ十字固めの出番なわけだ」

「百歩譲ってクルミをつぶして脅迫するのはいいですけど、腕ひしぎ十字固めはただの強盗ですよ。そりゃ、おれだって自分のことを善良なカタギだと思うほどおめでたくはないつもりですけど、山賊に落ちるのはちょっと」

 それでもしばらく歩いて見つけた中古自動車屋の入り口に自分とシファキス、セールスマンのかなりいい線まで行っている人相書きが貼られているのを見つけると、腕ひしぎ十字固めもそう悪い選択ではないのかもしれないと本気で考えた。

「でも、エミーリオくんの顔はないようですね」

 全員がポケットの小銭と財布のなかで眠っていたくしゃくしゃの紙幣を取り出して、少年スパイの手に握らせると、これで車を買ってこいとミッションを授けた。

「失敗したら帰ってこなくていいからな」と、ソウヘイ。

「……くそったれソウヘイ」と、エミーリオがぼそり。

「なんか言ったか?」

「別に」

 五分もしないうちにエミーリオが帰ってきた。

「買ったぞ」

 三人は中古車屋の店員に見つからないよう駐車場に入り、エミーリオの買った車を見た。

 それはB型パーカーのツアーリング・セダンだった。先代のA型の後継モデルで、特徴はエンジンのかけ方が非常にスムーズになったことだ。クランクをまわさなくとも、電気の力が火花とピストン運動を授けるので、イグニッション・スイッチを押すだけでエンジンがかかる。

 それにこのセダンは見たところ、ドアは木の板ではないし、エンジンには穴を塞ぐためのコルク栓がひとつも見当たらないし、ガラスもきちんと純正品のものがはまっている。

 シファキスがボンネットを愛おし気に撫でながら言った。「こりゃいいや。リミテッドってのは中古車販売交渉まで訓練してるんだな」

「ふん。どんなものであれ、ミッションは完璧に遂行する。それがリミテッドだ」

「いいね、いいね。で、この車、タイヤはどこにあるんだ?」

「タイヤ?」

「そう。タイヤ。自動車に四つはまってる、(まある)いの」

「そんなものはない」

「ない?」

「あの資金で買える車はこれだけだった」

「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、どうやってこれを走らせるんだ?」

「おれは車を買ってこいとしか言われていない。それ以後のことはそっちの担当だ」

「くそったれリミテッド」

「あんな小銭で本当にまともに走る車を買えると思ってるのか?」

 ふざけんなよ、このクソヤロー! これが外交なら戦争が始まる一分前だが、セールスマンが車の横でしゃがんで、もぞもぞ何かを動かしている。

「あの」と、セールスマンはあの円盤をタイヤのあるべき場所につけていた。「これ、使えませんか?」

 シファキスはエミーリオにドリルを借りに行かせ、円盤に穴を四つ開け、タイヤ代わりに突っ込んで、ボルトをぎゅうぎゅうに締めた。

 ゴム製タイヤの代用品をはめたB型パーカーが走り出し、田舎の街道に出たところで、ソウヘイは中古車屋の貼り紙を見た。店主が気づいたかと思ったが、店主は赤いインクで解決済みと書いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ