空中戦艦の舷側には――
空中戦艦の舷側いっぱいにアルテマ・ビールの広告がライトアップされていた。
赤い楕円のなかに金髪を編み込んだふくよかな娘が広げた両手に大きなビールジョッキを持っているのだが、そのあふれんばかりの泡の白さが際立っていた。
「あんな巨大な鉄の塊、どうやって浮かべてるんだ?」
左胴の銃座に座ったソウヘイはそうこぼすが、本当はどうやって浮かんでいるのか知っている。電話やラジオと同様、自分の知らない法則やらなんやらで、うまくいっているのだ。産業社会ではそういう説明で納得するしかないものが多すぎる。風をはらんだ帆みたいに分かりやすい仕組みだけでは世のなかまわらない。
ただ、空中戦艦というものは普通、気嚢で浮かぶものだが、全てが金属製の、海の戦艦がそのままの形で空を飛ぶ形のものを見るのは初めてだ。何万トンという鉄の塊。しかも、その所有が一ビール会社。アルテマというのはよほどの組織らしい。
突然の逆さま。
間違いなく逆さまだ。
さらに逆さま。
半分逆さま。
四分の一逆さま。
三分の二逆さま。
いま、自分は逆さまなのか、それとも普通なのか分からなくなって、脳みそが追いつかない。
その原因が頭上――か、それとも直下なのか分からないが、飛んでいた。アルテマ・ブリュワリーの複葉戦闘機。しかも二機。
ソウヘイは機銃にとりつき、針金でつくられた照準用の十字線で戦闘機をおさめようとするのだが、引き金を引いた瞬間と目標に到着する時間に差があって、赤く光る弾はかすりもせず、戦闘機の後ろを飛んでいく。操縦するエミーリオは風をかき回すみたいにターンしてロールして、その同時をして、インメルマン・ターンをきめ、墜落としか思えないきわどい急降下をした。そのあいだ、命中弾はなしである。
「四人いて、ひとりも当てられないって正気か」
激しい機動で脳みそがシェイクされる環境で創意工夫を凝らすことの難しさを今さら説明する必要はないが、それでも一発は命中させたいと思ったソウヘイはある方法を試した。
目をつむり、敵機がいると思われる方向へ銃をふりまわしながら発射する。
「これで当たれば、苦労はしない――って、当たってる!」
複葉機は時計回りにロールして、燃え上がり、街はずれの丘に落ちていった。
「ひょっとして、いけるかも」
また、目をつむり、乱射すると、やはり敵の戦闘機が燃えながら翼を折って落ちていった(後でどうやって命中させたのか、みなにきかれたとき、彼は「自機の運動と敵機の運動、銃弾の到達速度から狙いを割り出すだけだ。簡単だよ」といけしゃあしゃあ吹いてみせた)。
邪魔者がいなくなると、エミーリオは戦艦へ飛んでいく。戦艦からはサーチライトと曳光弾の流れがでたらめに振り回されたが、広告がでかでかと掲載されている舷側には一切の武装が存在しなかったので、距離を詰める苦労はそれほどでもなかった。問題はどうやって戦艦に乗り込むかだったが、そういえば、この機にはロケット弾が六発あったなと、そんなことを思い出していると、そのロケット弾が全弾、広告の娘の顔に発射され、大きな穴が開いた。
「おい、バカ! やめろ!」
エミーリオの意図が分かった。スロットル全開でエンジンが激しく震え、顔のないビール娘がどんどん近づいてくる。穴の向こうには食堂らしきものが――。
「くそったれリミテッ――」
双胴戦闘機は知恵と勇気と友情はさほど使わなかったが、ガッツはかなり使って、乗員用食堂に突っ込んだ。左右の翼はステンレスのテーブルとベンチを薙ぎ倒し、電熱線を仕込んだ百人用スープ鍋がソウヘイの頭の上を飛んでいった。
アタマがふらふらした。キラキラ輝く五芒星が彼のまわりをくるくるまわっている。
「逃げろ!」
誰かが言った。
見れば、飛行機の燃料がざあざあ流れて出ていて、その先にはソウヘイの首を吹っ飛ばしかけた百人用スープ鍋。電熱線が赤々と燃えていた。