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テーブルの下の曲者は、――

 テーブルの下の曲者は、思ったより高くて細い声。

 ソウヘイが毒ついた。「くそったれリミテッドめ」

「ソウヘイくん。そう悲観することはない。ひょっとすると、キャンディの万引きかもしれない」

「こんな時間にやってるドラッグストアなんてありませんよ。どう考えてもやつらです。セールスマン、あんたの股は狙われてないよな」

「はい。だって、わたしは善良なセールスマンなんで」

「おい、リミテッド。おれたちはいま、アルテマにさらわれた少女を取り戻すべく動いてる。つまり、おれたちは善玉だ。その善玉の股ぐらに銃を突きつけるのは流儀に反するんじゃないか?」

 テーブルクロスがこたえる。「任務が最優先だ」

「くそったれリミテッド」

「お前たちは」と、テーブルクロス下の脅迫者がきく。「リーベル・アスカノンについて、どこまで知っている?」

「おやおや」と、シファキス。「手の内さらすなんて、プロらしくないな。おれたちはファーストネームしか知らない。そっちはファミリー・ネームまで知ってる。リミテッドのエージェントがどうしてあの少女に関心がある?」

 と、言いながら、シファキスはシリアルのお徳用箱を見る。テーブルの上に置いてあって、なかにはショットガン。

 散弾が脅迫者をバラバラに吹き飛ばすのと、自分たちのタマが飛び散るの、どっちがはやいか考えているとき、突然、ドアが内側にしなるほどに乱打される。

「開けろ! アルテマ探偵社だ!」

「セールスマン、開けてやれ」

「はいはい」

 鍵を開けると、胴に青い飾り帯を巻いた、山高帽の男たちが五人、なだれ込んできた。全員が三二口径のオートマティックと警棒で武装している。ポケットに入れているのはブラスナックルと予備の挿弾子。

「なんか、用ですか? おまわりさん?」シファキスが微笑む。

「我々は警察官ではない」

 探偵のなかで頭目らしい、四五口径のリヴォルヴァーを握っている男が言った。

「ああ、探偵でしたね。で、捕り物ですか?」

「外国人のスパイがこのあたりに潜伏している。隠し立てすると、ただじゃおかんぞ」

「もちろん協力しますよ」

 股を銃で狙われてなきゃな、とソウヘイは心のなかで毒づく。

「そのスパイってのはどんなやつです? いや、ほら、見かけることがあったら、通報しようと思ってて」

「子どもだ」

 子ども?

「十五か十四。だが、探偵がふたり、そいつに撃たれて死んだ」

「そりゃあ、凶悪だ」

 くそったれリミテッド。

「で、家探しします?」

 シファキスの問いに四五口径探偵は小さな長持ちと三つのベッド、衣装棚を見る。

「いや、時間がない。他の部屋を探すぞ」

 ひとまず股をぶち抜かれる危機は去った。やつらがいなくなったら、こいつをとっとと追い出して――。

「おい、ワインは禁制品だぞ」

 え? ソウヘイが床を見る。床すれすれまで伸びたテーブルクロスの隙間から流れる赤い液体。

 探偵たちはすぐ勘違いに気づく。()()()()()()()()()()()()()()()()

 股を狙う銃口が消えると同時にテーブルクロスを貫通して飛び出した弾が四人の探偵の足の肉をちぎり取る。

 四五口径探偵は部屋の外へ飛んで逃げた。

 シファキスがシリアルの箱に手を突っ込むと、窓を撃った。ガラス窓は窓枠ごと消えてなくなり、三人プラスひとりは先を争って、外に逃げた。

 すぐに窓から機関銃弾が連射で飛び出し、ソウヘイは傾斜四十五度の屋根をガイドロープもなく、危なっかしく上っていった。他の客室の窓に次々と電気が点り、山高帽をかぶった探偵たちが顔を出した。

 すぐそばで窓が開くと、ソウヘイはバックハンドでその鼻に拳を叩き込み、フロックコートの襟をつかむと、外に引きずり出した。探偵は坂のような屋根をそのまま転がり落ち、屋根の縁でカエルみたいな声を上げて、ふいっと消えた。

 銃弾が頭のすぐ上をかすめる。

 屋根裏部屋の窓が三つ開き、三八口径の警察用リヴォルヴァーがめちゃくちゃに撃ちおろしてきた。

 咄嗟に伏せる。頭を上げれば、上半分がきれいに削り取られる激しい銃撃。

「先生、こっちに窓が!」

 明りのついていない窓へソウヘイがにじり寄って、足でガラス窓を蹴破った。

 次々、その部屋に転がり込む。

 家具がひとつもない部屋。そもそもドアがない。

「袋小路だ」

 少年スパイがそうつぶやき、振り向いて、弾倉の弾全部を窓のない空虚へ叩き込んだ――部屋を覗き込んだ探偵の顔が血煙になって消える。

 逃げ道がない。

 もし、敵が手榴弾を持っていたら、終わりだ。

「くそっ」

 踵で床板を蹴る。

 ゴン! ゴーン……ゴォォーン……

 床下から響く音。深い。

「先生! 床にショットガンを全弾撃ち込んでください!」

 そこで、なんで?ときかない程度にソウヘイの直感を信じるシファキスはすぐ床に散弾をぶち込んだ。鹿を撃つための大粒が床板を切り裂く。

 シファキスは銃身を折って、薬莢を取り出し、散弾を込めなおし、同じ個所へ撃ち込む。

 穴とヒビ。ソウヘイはセールスマンを巻き込んで、激しく床を踏んでいる。スパイは窓を銃で狙っている。

 また、散弾をぶち込む、散弾をぶち込む、ぶち込む。

 バリッ! メキメキ!

 床が下がって、ソウヘイたちはよろめく。

 シファキスが最後の散弾をぶち込むと、床はバラバラになった。

 暗闇を落ちながら、ソウヘイは水の流れる音をきいた。

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