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「爽やかな目覚めだ。緑の香り濃く、――

「爽やかな目覚めだ。緑の香り濃く、土のにおいは甘く流れ、小鳥が収穫を約束するようにさえずっている。見たまえ、あの農夫を。ひとり、畑で種をまく彼の、孤独を恐れぬ壮健さを。川瀬に輝く太陽のかけらの、なんと美しいものか。雲はやさしく影を落とし、旅人たちを心地よい休憩へといざなう。ああ、神よ。この美しい世界はあなたの御業で――」

「悪かったからほどいてくださいよ」

「わたしは関係ないです」

 ソウヘイとセールスマンは後部座席で縛られてぐるぐる巻きにされていた。

 シファキスは、別に気にしていないと言った。

「いやだなあ。ぼくが放り込まれた花火で悲鳴を上げて、朝の早くに無駄弾六発撃ったのを怒ってると思ってるのかい?」

 一人称が「ぼく」。つまり非常に怒っている。

「それ以外ないじゃないですか」

「ぼくがきみたちを縛ったのは安全のためだよ。きみたちときたら、やんちゃだからね。ひょっとすると――」

 シファキスは胸ポケットから煙草を取り出し、一本つけた。

「ひょっとすると、『おれはチーターだ!』って叫びながら、走行中の車から飛び出して、ぶっ潰れるかもしれない。そんな悲劇を目の当たりしたら、一生もののトラウマだ。ぼくはクソ繊細だからね」

「本当に繊細な人間は繊細の言葉の前にクソをつけたりしません」

「せめて、わたしだけでも放してください」

「あ、こいつ」

「そうしたら、バツリの教習本、一冊プレゼントしますから」

「まあ、そう慌てなさんな。おれがお前らふたりまとめて救ってやるよ。お!」

 シファキスが急ブレーキを踏む。

「わっ!」

「うぎゃ!」

 後部座席のふたりはそのまま前に吹っ飛び、前の座席にぶつかって床に転がった。

「見ろ。カフェがある。そこで転がる紳士諸君。何か食べたいものはあるか」

 ふたりはお互いの体を踏み台にして座席に戻ろうとしているのに忙しかった。

「わかった、わかった。まあ、しばらくそこでもぞもぞしとけ。ふたりともチキンサンドとコーヒーだ」

 カフェは農道が緩やかに右に曲がる平地にあった。白い破風と青いスレート葺きの屋根。後方は森で上り斜面になっていた。

 ドアを開けるとベルが鳴った。アンティークもののテーブルと椅子。天使や鶏などの彩色皿を飾った食器棚。古い狩猟銃が仕留めた鹿の頭と一緒に壁に飾られている。小さなカウンターに松ぼっくりでつくった人形が置いてあり、小さなシルクハットをかぶっていた。

「何か御用?」

 若い女があらわれた。猟銃で獲物を追いかける狩猟の女神といった女性だ。

「朝メシはやってるかい?」

「もちろんよ。メニューはそこ」

 小さな写真立てのようなものが立てかけてあって、そこに朝と晩のメニューが書いてあった。

「じゃあ、焼いた卵と鱒のサンドイッチとコーヒー。あと、持ち帰りでチキンサンドとコーヒーをふたつずつ。ここは昼はやってないのかい?」

「そうじゃないわよ。昼の二時五十九分まで朝のメニューを出していて、三時から晩のメニューを出してるの――なんか、外から助けてってきこえるけど、あれ、縛られてるの?」

「ああ。縛られると興奮するって言うから」

 ぷっ、と女性が笑う。

「まあ、趣味は人それぞれだ。おれに他人の趣味をどうこう言う筋合いはないし――きみ、他人に狩猟の女神って呼ばれたことない?」

「なに、それ?」

「おれの第一印象」

「あなたは詩人って言われたことは?」

「何度もある。おれに興味ある?」

「誰かを狩猟の女神扱いしたり、友だちを縛って後部座席に放置するとき以外は何してるのかは気になるけど。職業は何?」

「正義の味方さ。でも、警官じゃない。トイレを借りれるかな?」

「そこの廊下から裏庭に出て」

 廊下の壁は蔓草模様の色あせた壁紙。ところどころ、四角く色の濃い壁がある。四角の大きさは十センチからニ十センチ。

 写真がない。写真を見られると不都合なことがある。

 たとえば、狩猟の女神が写っている写真が一枚もないとか。

 裏庭はカフェと森のあいだの、低い石壁で囲った土地で狭いカブ畑と錆びついたトラックが一台。タイヤが全て取り外されている。

 トイレは人ひとりが入れるくらいの大きさしかない箱だ。

 シファキスはトイレのドアを開けて、大きな音を鳴らして閉じた。

 そして、すぐにスクラップの後ろへ走り、様子をうかがう。

 狩猟の女神があらわれた。顔に仮面。両手にサイレンサーをつけた自動拳銃。

 すぐ、トイレに六発ぶち込まれた。

 シファキスは女神の踵を狙って引き金を引いた。

 カチッ。

 朝のバカ騒ぎ。弾を込めなおすのを忘れた。

 音で気づかれる。女神はマスクのなかで笑みを浮かべる。

 パスッ。パスッ。パスッ。パスッ。

 頭を下げて、裏口に飛び込むと、無音の弾丸が壁紙を切り裂いた。花瓶を割った。松ぼっくりの紳士がバラバラに飛び散った。

 替えの弾、それに三二口径のジェマイヤーは車のなか。

 そのとき、壁にかけられた二連式の猟銃が目に入り、それに飛びつき、カウンターのそばにしゃがんだ。

 女神の脚が見えると、膝を狙って、猟銃を振った。

 ガツッ!

 女神が転がると、仮面に銃の台尻を叩き込む。相手の銃が滑って、棚の下に。

「先生! ほどいてくれ!」

 表に出ると、ふたりの暗殺者が後部座席の左右からナイフで突き、ソウヘイとセールスマンは縛られたまま、足で蹴飛ばして、抵抗していた。

 あっはははは! その滑稽ぶりに思わず笑った。膝を打った。腹をかかえた。

 ひとしきり笑うと、銃身を握って、猟銃を棍棒のように持ち、まずソウヘイを狙っている暗殺者の頭を狙って、フルスイングした。木製の銃床は見事、こめかみを捉え、暗殺者は真横に吹っ飛んだ。

「やりました! 場外ホームランです! ヴァレンタイン・シファキス、四番の貫禄がボールをレンデル草原のど真ん中まで運びました! 殿堂入り間違いなしです!」

 セールスマンを狙っていた暗殺者はシファキスに気づいて、ナイフを放ったが、二本とも銃身で弾かれた。

 新しいナイフが袖口から生えてきて、暗殺者は跳ねた。車を飛び越え、左右から挟むような斬撃を繰り出したが、切っ先がシファキスに届く前に、下から上へすくい上げた一撃が顎にもろに入り、仮面が吹っ飛んで、体のほうはコマのように回転しながら地面に落ちた。

「いやあ、悪い悪い。まさか、やつらの待ち伏せがあるなんてな。バツリには縛られた状態で車のなかから敵を倒す方法はないのか?」

「これから考案します」

 ふたりの縄を切ると、女神と暗殺者ふたりを縛って、仮面の破片を取り去り、井戸から汲んだ水をかけた。

「ハロー、サンシャイン」

 こういうときのシファキスは生き生きしている。

「どうせお前らがアルテマの手先なのは分かってる。分からんのは国を丸ごと手に入れたような連中が、なんでケチでちっぽけなおれらに神経質になるかだ。それに、お前らが農場からさらったリーベルって子。なんで、さらった? なんで、そんなにこだわる」

「殺せ」女神がこたえた。

 シファキスは弾を込めたリヴォルヴァーをショルダーホルスターにおさめた。

「どうしますか、先生。骨でも折りますか?」

 シファキスは煙草をつけた。

「そんな蛮族みたいなこと言わないでくれ。おれまで誤解される」

「そうですよ。わたしまで誤解されます」

「じゃあ、ソウヘイ。お前はセールスマンと一緒にそいつらの話し相手になってやれ。おれはちょっとカフェを調べてくる。まだ、仲間が隠れてて、隙を狙ってるかもしれんし、手がかりがあるかもしれない」

 猟銃を手にカフェに戻る。カウンターの下を調べると、鹿撃ち用の大粒散弾の箱が出てきたので、銃身を折って、弾を込め、撃鉄をあげた。

 二階へ上がる。廊下の隅の箱に取り外した写真が入っている。ひとつ取り上げると、三十代くらいの夫婦と男の子と女の子がカフェの前で立っているのが写っていた。

 寝室のドアを開けると、血だまりのなか、喉を切り裂かれた夫婦が折り重なって倒れている。

 熊の絵が描かれた子ども部屋のドアを開ける。

 ふたつのベッド。子どもたちの血は天井にまで飛び散っていた。

 カフェを出ると、ソウヘイが尋問を続けていた。

「先生、ダメです。やっぱりこいつらの指を一本か二本――」

 シファキスは猟銃の引き金を二本同時に引いた。

 三人の暗殺者は一度に地獄へ吹き飛ばされた。

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