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ソウヘイの話ではバツリは故郷では――

 ソウヘイの話ではバツリは故郷では柔術と呼ばれるものだった。

 セールスマンはちょっと練習すればいいと言ったが、セールスマンが先ほど見せた身ごなしは達人と呼ばれるほどのもので必要なのはちょっとの練習ではなく、二十年かけた修行だ。

「ちょっとちょっと。詐欺みたいに言わないでくださいよ。わたしは本当にちょっと練習しただけなんですよ。ほんの二時間です」

「あんたには途方もない才能があるんだよ」

「あー、だから、白い髭生やした柔術の先生はわたしに後継者にならないかとしつこく勧めてきたんですなあ」

「こんなこときくのは気が向かないが……その本、あまり売れてないだろ?」

「ギクッ」

「しかも、売れた本はしょっちゅう返品される」

「ギクギクッ」

「それも当然だ。これは柔術の極意だ。本一冊読んだだけでできるものじゃない」

「ソウヘイくん。セールスマンくんがしょんぼりしている」

 ガタガタ揺れる後部座席のセールスマンはがっくしと肩を落としている。

 ボゴンと音がして、車の後ろに穴があき、セールスマンの肩を三八口径弾がかすめた。

 シファキスが運転するA型パーカー・カスタムは電光広告のまばゆいプレハティ市中央区のヘイスティングス大通りを走っていた。宝石店や高級レストランが並ぶ通りで、エンジンに開いた穴をコルクで栓しているポンコツが走っているだけでも人目を引くが、そのポンコツを二台の車――黒のランザロ=ランザとワインレッドのコッパーゴースト、どちらもパワフルなエンジンを積み込んだ大型セダンが追っている。この二台は後部座席から二丁の機関銃で通行人を掃射したり、誘拐した敵を車のなかでリンチにできるほどの広さがある。その一方で車内にこもりがちのガソリンのにおいをごまかすために香水をかけた蝋花を挿す小さな花瓶が用意されている……つまり、高級車だ。二台の車には先ほどセールスマンが投げ飛ばしたのと同じ、暗殺者たちが満載されている。

 ランザロ=ランザが左後方から一気にスピードを上げて、T型パーカーに横づけすると、ドアが開き、暗殺者が飛び出した。パーカーのステップにしがみついたので、セールスマンは、

「車に乗せたくない相手を追い出す方法、その七!」

 と、叫び、

「両手で相手の肘の内側をつかみ」

 つかみ、

「肘の内側に親指をめりこませ」

 めりこませ、(――ツボに命中して相当痛いらしく、マスクのなかで悲鳴が上がる)

「これで落ちない場合は」

 落ちない場合は、

「顔を殴る!」

 肘の激痛で考えが鈍ったのだろう。

 思わず、両手で顔を守ろうとした暗殺者はステップから転がり落ち、ランザロ=ランザに轢き潰され、ゴリッ、メキッ――歩道のご婦人たちが悲鳴を上げた。

 メリントン通りを曲がって、サウス街へ。サウス街からヒューバート通りへ曲がるところで縁日の列に突っ込んだ。

 A型パーカーは蛇行しながら、逃げ惑う人を避けて、新緑樹のあいだを走り抜ける。ボール投げ屋台をバンパーが引っかけ、道一面に景品のオレンジが転がって、柑橘のさわやかな香りに満ちる。ランザロ=ランザの暗殺者が放った弾丸が射的屋台の一等商品である、ぬいぐるみのふわふわ腹をぶち抜いた。ハンドルをギリギリ切り抜いたコッパーゴーストがちょっとエッチな覗き機械を四台――〈後宮の女ラマナ〉〈ノートン夫人の秘密の生活〉〈乱交パーティはお好き?〉〈ランジェリー品評会〉を次々薙ぎ倒す。

 コッパーゴーストがアクセルを踏み込み、ショットガンが轟いた。運転席によれよれの星型蝶番でかろうじてつながっていた板材ドアが脱落して、シファキスの姿は丸見えになった。

 こうなると、ブレーキペダルを踏めないように足を吹き飛ばすか、シンプルに頭を吹き飛ばすかの問題だが、暗殺者が選択問題に余計な時間をかけているあいだ、シファキスがホルスターから銃を抜いて、コッパーゴーストの前輪を撃ち抜いた。ゴム製タイヤは回転しながら、ズタズタになって、スポークに巻きつき、ハンドルの利かない車はそのまま〈アルテマ・ブリュワリー〉のビールタンク車に突っ込んだ。破れたタンクから流れ出るビールの洪水は暗殺者たちを溺れさせ、無料のビールにありつこうとする老若男女が集まって、パニック。警官隊が出動する騒ぎになる。

 ランザロ=ランザはA型パーカーをしつこく追って、バンパーにぶつかった。すると、シャーシが今すぐバラバラになりそうなガタガタガタ!という物騒な音を立てて震動した。

 ソウヘイがドアを開け、外のステップに立ち、ドア枠につかまる。

「銃はいるか?」

「いりません!」

 ソウヘイはジャンプした。そして、空中で体勢を変えて出来上がったドロップキックが追跡車のフロントガラスをぶち抜いた。戦闘用ブーツが運転手の仮面を割り、破片が砕かれた鼻や前歯を全て失った口のなかへと突き刺さる。

 スローイング・ダガーが防刃ベストで弾かれ、ソウヘイのつま先が助手席の暗殺者のこめかみを見事にとらえた。

「げっ、足が抜けない!」

 ガラスの穴から何とか足を抜こうともがくが、運転手を失ったランザロ=ランザは加速を続け、T型ポーターを追い越し、縁日の通りを飛び出して、突き当りにある欄干にぶつかり、宙を飛んで、ハルバルド川へと落ちた。

 漆黒の川面を水柱痕の白い波紋が流れていく。トランクに防弾チョッキで包んだ投げ釣りセットがあったので、それでソウヘイを釣り上げた。

 仰向けにして何度か腹を踏んだら、水がぴゅーっ、と噴き出て、目を覚ました。

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