除霊の結末
「来ないで!」
優を押し退けようとした秀の手は優の中に沈んだ。手が捩じ切れそうな痛みと燃えるような熱さで秀は大声で叫んだ。優も呻いている。
「オオオオオ。」
秀の手が優の中に沈み込んでいく。優も手を伸ばして秀の胸に触れた。秀は異物に侵蝕される苦痛に耐えられず、激しく身を捩った。目鼻から勝手に血が垂れてくる。
「すぐ…る…。」
秀に優の記憶が雪崩れ込んでくる。目を覚ますと一人きりで、誰にも気付いてもらえない孤独。忘れられる寂しさ。無理やり呼び覚まされる苦痛と抑えられない怨みと殺意。
秀と優はもう殆ど同化していた。秀の身体は車に撥ねられたかのようにボロボロになっている。
「モウ大丈夫。僕ガ一緒ニイルカラ。」
秀は優を抱き抱えるように手を伸ばした。
「ヒデ!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、息を切らした麗が立っていた。血塗れの秀を見て、榊を睨む。
「ヒデに何をした!」
「困りますよ。下がって下さい。彼は取り憑かれたんです。」
麗は無視して秀の方に向かった。麗は秀に触れると、火傷したかのように手を引っ込めた。顔が苦痛に歪む。
「ウラ…ラ…。」
「ヒデの意識はあるようだな。」
麗が近付くと、秀は触れられないように下がった。
「邪魔スルナ…。秀ガ消エレバ…全テ終ワル。」
「しっかりしろ!ヒデはお前だ。」
話している間にも、異形の身体が秀にのめり込んでいくのが、麗にも見て取れた。
「違ウ。本当ハ秀ガ死ヌハズダッタノニ、僕ガ身代ワリニナッタ。」
「ヒデの知っているスグルはそんなことを言う人物だったか?命懸けで救った弟に取り憑いて呪い殺そうとするような人だったのか!」
異形の侵蝕が止まった。麗はここぞとばかりに言葉を継いだ。
「ヒデが視ていたのはスグルじゃない。自分が死ねばスグルは死ななかったという歪んだ罪悪感が生み出した化物だ。優しかったスグルを化物にしているのは、お前の心だ!」
秀は改めて異形を見つめた。自分と同じ顔で、自分を殺そうとしているソレが、もはや秀の目には優に映らなかった。異形は少しずつ秀から弾き出され始めている。
「戻ってこい、ヒデ。たとえ家族が、世間が、死者が、自分自身がお前を赦せなくとも、オレが赦してやる。」
麗は秀にゆっくりと近付いて、そっと抱き締めた。床に秀の着けていたお守りが落ちる。
べちょりと嫌な音を立て、秀の身体から異形が完全に弾き出された。さっきまで黒々としていたソレは、もう完全に秀と同じ姿になっている。一方の秀は、体中傷だらけの状態で、そのまま気を失った。
「馬鹿な…。」
榊は絶句した。麗は持っていた竹刀を榊の喉元に突き付けた。
「現在受けている依頼を諦めろ。」
「どうして、そのことを…。」
麗は猛禽類のような鋭い眼光で、榊を睨み続けている。
「分かりました。もう何もしないから、赦して下さい!」
麗は竹刀を下ろすと、スマホを取り出して救急車を呼んだ。背後で榊がニヤリと笑う。
「そうそう、オレはそれで赦してやるけど、果たしてスグルはどうだろうな?」
榊は恐怖に目を見開きながら振り向いた。そして、虚空を見つめながら絶叫している。
「うるせえな。」
麗は床に落ちたお守りを放り上げ、竹刀で思い切り突き通した。ようやく長い悪夢が終わったのだ。
これをホラーと称してよいものでしょうか。甚だ疑問です。兎に角、本編はこれで以上となります。わけが分からない方が大半でしょうから、この後に解説編をつけております。興味のある方だけご覧下さい。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。