呼び覚まされた記憶
その夜、秀はまたしても悪夢を見た。
学校からの帰り道、秀は背後に嫌な気配を感じて振り向いた。辺りは暗く、そこに何がいるのかは分からない。秀は走ったが、何かは着々と迫ってくる。相手の姿は見えないため、恐怖だけが募る。秀はそのうち、自分がどこを走っているかさえ分からなくなった。大声が聞こえ、眩い光が視界を奪う。秀は思わず目を閉じた。
「優…。」
目の前に虚ろな表情の優が立っている。優は秀に手を伸ばしてきた。触れられた部分が火傷を負ったように痛み、秀は呻いた。
「どうしてこんなことを…。」
「ニゲルナ。オモイダセ。」
この世の物とも思えない声に、秀はハッと目を覚ました。冷や汗をびっしょりと掻いており、頭がガンガン痛む。
「思い出せ…?」
秀は頭を擦った。確かに何か忘れている。7月の記憶が殆どないまま、もう終業式を迎えている。7月の頭に何かあったはずだ。記憶障害を引き起こすほど重大な何かが。
『お前のせいで…。この人殺し!』
秀は強烈な吐き気と眩暈のせいで意識を失った。
これは秀の記憶の中だった。この日は部活を終え、優と二人で夜道を歩いて帰っていた。秀だけが背後から異様な気配を感じ、何度も振り向いた。そこには夜の闇に紛れ、何か異形の物が静かに秀を狙っていた。どこまで行っても追ってくる。姿も見えず、びちゃびちゃと奇妙な音だけが恐怖を煽る。いつしか秀は逃げることに必死になって、車道に飛び出していた。
「危ない!」
優の叫び声、車のヘッドライト、ブレーキ音…。その後の記憶は曖昧だ。
この事故で母親の受けたショックは相当なものだった。秀は自分に浴びせられた言葉が原因で、記憶が混濁したのだ。
「どうしてお前が生きてるの?お前のせいで優は…。この人殺し!」
秀はスマホの着信音で目覚めた。ベッドの中から手を伸ばす。麗から電話が来ていた。
「もしもし。」
「ヒデ、大丈夫か?今どこにいる?」
「自宅だよ。昨日はごめん。どうして麗があんなことを言ったか分かったよ。全部思い出したんだ。」
秀はゆっくりと上体を起こした。
「優は交通事故で死んだ。車道に飛び出した僕を庇ったせいで。」
「車道に飛び出した?どうして?」
秀は震える手で水を飲んだ。
「変な物が追ってくるような気がして。どうやら僕は、その時からずっと頭がおかしいらしい。」
麗は黙り込んでしまった。
「麗が優に会うなと言った意味がようやく分かったよ。」
「あんな言い方をしてすまなかったな。本当は思い出させたくなかったが、状況が状況だった。ヒデに視えていたスグルはどうなった?」
秀は辺りを見渡した。
「少なくとも近くにはいない。明日には榊さんが除霊に来てくれるみたいだから、大丈夫だと思う。」
「明日何時に来るって?」
麗は即座に問い返した。
「確か夕方。」
麗は電話を繋いだまま身支度を始めた。
「…ヒデ、今から家に行ってもいいか?」
「そうしてくれると心強いよ。」
「すぐ行く。一旦切る。」
授業の進度とかで気付くのでは?と思いましたが、この分だと秀は授業に身が入っていないようですね。或いは文化祭の準備か何かが連日行われていたのかもしれません。