人ではない何か
―来ている。
秀は冷や汗を掻いた。背後から気配を感じる。秀は勇気を振り絞って振り返った。
ソレは周囲の談笑する人々の中で、明らかに異彩を放っている。黒い塊が、真っ直ぐ秀を見つめていた。大きさは人間サイズだ。黒い服を着た人間だと思おうとしたが、息苦しさを感じさせるほどの禍々しいオーラを放っている。
秀は前に向き直って走り始めた。背後からは、びちゃびちゃ…ズルッと嫌な音が追ってくる。秀は必死に走り、家に着くころには嫌な気配はなくなっていた。秀は玄関でうずくまり、涙目を瞬きながら荒い息をしていた。
翌日、机に突っ伏している秀のもとに麗がやってきた。
「どうだった…って、その姿を見れば訊くまでもないか。」
「昼間だと姿がはっきり…ではないか、でも夜よりは見えたよ。あれは人間じゃないと思う。どうしたらいい?」
秀は蒼い顔で尋ねた。
「今日はオレも部活を休むよ。」
「ありがとう。」
学校でも有名な美少女と一緒に下校しているというのに、秀の心は別の意味でドキドキが止まらなかった。無言で二人が歩いていると、暫くして秀が歩みを止めた。
「…ヒデ?」
「あ…。」
麗は振り返った。後ろには通行人がいるだけで不審な人物はいなかった。妙な気配もしない。
「誰もいないぞ。」
秀はゆっくりと振り返った。黒い何かが立っている。相変わらず秀だけを見ている。秀は息を呑んだ。麗の手を握り、走り出した。麗は秀に合わせて全力で走った。五分以上全力疾走したのち、二人は家に飛び込んだ。
「大丈夫か?」
麗の声は玄関の扉を激しく叩く音で掻き消された。秀はうずくまって耳を塞いだ。しばらくして、音が聞こえなくなり、秀は恐る恐る顔を上げた。
「どうしよう。遂に家まで来た…。」
秀は掠れる声で言った。麗は眉間に皺を寄せた。
「オレには何も見えなかったし聞こえなかった。何かに取り憑かれているのかもな。」
麗は秀に水を持ってきた。秀が水を飲んでいると、背後から足音がした。
「大丈夫か、秀?」
秀が振り返ると、そこには心配そうな表情の優が立っていた。
「優?いつの間に帰っていたんだ?」
「ついさっきさ。それより、気になるサイトを見つけたんだ。パソコンを開いてくれる?」
「え?ああ。」
秀は母親の部屋にあったパソコンを持ってきて、リビングで立ち上げた。優の言う通りに検索して、とあるサイトを開いた。
『除霊、解呪、呪詛、呪殺。霊に関するご相談、ご依頼、何でもお寄せ下さい。
霊相談所 榊
電話番号 △△△-〇〇〇-×××』
麗が覗き込んできた。目がちかちかしそうなホームページだ。誰も何も言わなかったが、恐らく思いは一つだった。胡散臭い。
「どこで見つけてきたんだ?」
「…企業秘密。」
優は人差し指を唇の前に立てた。
「なあ、どこで見つけたんだ、こんなの。」
麗は尚も尋ねた。
「まあまあ、取り敢えず連絡してみる?」
「…好きにしろ。オレは知らない。」
秀は藁にも縋る思いで電話を掛けた。
「はい。こちら霊相談所、榊で御座います。」
出た。秀は麗と優の顔を見た。
「あの、実はここ十日間ほど、学校からの帰り道に変なものに追われているんです。」
「なるほど。詳しくお話を伺いたいので、明日の13時ごろいらして下さい。」
すんなり話しが通じたため、秀は面食らった。
「分かりました。」
「お待ちしております。」
秀は電話を切った。
「明日行くことになった。優も一緒に来てよ。」
優は首を横に振った。
「じゃあ、麗は?」
「面白そうだから行ってやるよ。帰りに何か奢ってくれ。」
美少女と手を繋ぎ、自分の家に招いているのに、それどころではない秀でした。まあ、学校で有名なのはその美貌ではなく、学ランとぶっきらぼうな言動の方ですが。
因みに、麗が優や秀を呼ぶ時、名前がカタカナ表記になるのは、名前を単なる音として記憶していて、漢字を覚えていないためです。