奇妙な相談
「最近、放課後、帰宅する時に…何かにつけられている気がするんだ。」
「久々に登校してきたと思ったら…。ストーカーか?遂にヒデにもモテ期が来たようだな。」
「違うって。いいから聞いてくれよ、麗。」
そんな会話が繰り広げられているのは、とある中学校の3年1組の教室内だった。ヒデと呼ばれた男子生徒は、中肉中背で優しそうな顔立ちの、要するにどこにでもいそうな風貌の人物だ。
それに対して、麗と呼ばれた女子生徒の方は大分風変りだった。学ランを着ていて、キリっとした顔立ちをしている。顔立ちは整っており、セーラー服を着ればかなり可愛くなりそうだ。声も背も少し低めなようだ。
「あれは一週間くらい前からかな。部活が終わって、部室を施錠して帰るんだけど、後ろから何かが僕をつけてくる気配がするんだ。怖くなって走ると、そいつも走って追い駆けてくる。その足音がまた変なんだよ。びちゃっ…びちゃっ…て、まるでプールサイドを濡れたまま裸足で走っているような足音がするんだ。僕が全速力で逃げると、そいつはいつの間にかいなくなっていて、どうにか家に帰れる。そんなことが毎日続いている。」
ヒデは少し声を潜めて言った。麗の表情は全く変わらない。
「夢じゃないのか?あんなことがあった後だし…。」
「夢じゃない。」
麗は肩をすくめた。
「何の話?」
背後からの声にヒデが振り返ると、そこにはヒデと全く同じ顔の男子生徒がいた。
「優!ちょっと聞いてくれよ。」
ヒデは椅子を半分空け、優に座るよう促した。優はそこに腰掛け、ヒデを見つめた。
優はヒデの双子の兄だ。平々凡々な弟とは違い、父親の跡を継いで医者になることを期待されるほど優秀な人物だが、本人はその気が全くないらしく、弟の受験する、そこそこのレベルの高校を希望している。何かにつけ弟と一緒にいようとする性格で、弟を追って剣道部で頑張っている。
「あのさ…。」
ヒデは全く同じ話を繰り返した。優は黙って聞いている。
「どう思う?」
「心配だね。誰か剣道部で秀と一緒に帰れる人はいないの?」
秀は首を横に振った。
「皆、家の方向が違うよ。優は一緒に帰れないの?」
「そうだなあ…。」
「スグルは忙しいだろう。オレが一緒に帰ってやるよ。」
麗は優の言葉を遮るように言った。優は困ったように笑っている。
「麗ちゃんを危ない目に遭わせられないよ。」
秀がそう言った途端、麗の雰囲気が変わった。
「言ったよな?オレのことは『うらら』と呼ぶなと。」
「怖いって。ごめんね。」
秀は必死に謝った。麗は名前も顔も可愛いのだが、本人は可愛い女の子として扱われることが嫌いなのだ。
「やっぱり僕は秀と一緒に帰れないかな。麗と帰るといいよ。」
優は穏やかに言った。
「麗と二人で帰ったら、それこそ本当に刺されるって。」
「確かに気味の悪い話だったが、まだ実害はないのだろう?まずは部活を休んで帰る時間帯をずらしてみてはどうだ?まあ、どうしてもというなら一緒に帰ってやるが、どうする?」
秀は結局部活を休むことにした。まだ夕方に差し掛かったばかりで辺りは明るい。周囲に人もいる。秀は幾分安心して通学路を帰っていた。
優と秀、二人合わせて『優秀』兄弟です。麗は本名『うらら』で、本人は『れい』と呼ばれたがっています。周りも殆どが本名『れい』だと勘違いしていて、『うらら』と呼ぶのは秀くらいしかいません。先生さえ『れい』さんと呼んでいます。別に勘違いしている訳ではありません。
制服も本当は女子が学ランを着てはいけないのですが、麗だけ特例で学ランを着て『れい』と名乗ることが認められています。その訳は本編と直接関係がないので、また後で解説します。