魔女狩り
「貴方はどちらの姫君なのでしょう?我が国の貴族のご息女?」
「いいえ。」
「では、隣国やどこかの国の姫君、ご息女?」
「いいえ。」
「では…。」
「ふふっ。」
私をどこかの姫だと決めつけて、必死に素性を知ろうとする彼が、なんだか可愛く思えて思わず笑ってしまった。
「貴方はそうやって笑ってくださるのに、私にはいいえとしか言ってくださらないのですね。」
彼がそう言ったとき、オーケストラの音楽が聞こえだした。ホールの方を一瞬見た彼がすっと跪く。
「名も知らぬ姫君よ。この私に、ともに踊る権利を頂けますか?」
誘ってくれるなんて思っていなかった。でも、誘ってもらったことはとても嬉しかった。
「断るとでもお思いなのかしら?名も知らぬ王子様。」
彼にエスコートされ中へと入る。
もはや割り込みであるが場所を確保した私達はゆっくりと踊りだす。
私もダンスは仕込まれたので得意なのだが彼はその上をいきそうな気がする。それ程に彼はお上手だったし、何より私に合わせてくれているのだろう、とても踊りやすかった。
「ダンスがお上手ですね。姫君。」
「それは貴方もではなくて?王子。」
小さな声で声をかけながら踊る私たちは多くの貴族の視線を感じながら一曲を踊りきる。
ダンスの輪から外れる私の腕を優しく掴まれ、あゆみを止めて振り向くと、少し頬を赤く染めた王子。
「姫君…。また私は貴方のことを知りたいと思ってしまいました。もう一曲踊っていただけませんか。」
知りたいと思ったのは貴方だけではない。
「はい。」
✾
音楽という流れに乗りくるり、またくるりと回る。
王子である彼が2曲続けて踊ることに気を使ったのかもしれないし、ただ純粋に興味があっただけなのかもしれないけれど、私たちは、この広いホールで、ただ二人踊っている。
こんなことしなくてもいいのに・・・・。
そう思いながらも、彼が私を抱き上げて回る瞬間はちょっぴりうれしく思う。
私も笑顔で踊っていると思うけれど、たぶん彼の笑顔はその上を行く。
青い瞳は優しくも見えるけど、今誰よりも近くで瞳を見つめる私にはわかる。
静かな、それでいて熱い想いを瞳に秘めていること。
「私にゆだねて。」
すこし彼は興奮しているのかもしれない。熱を込めたように呟く声はすぐにでも女性を・・私を、虜にしてしまいそうだ。
密着するたびに聞こえる周りからの歓声。
彼が漏らす色香の籠った吐息。
私の思いまでこの舞踏会にのまれてしまいそうだ。
❁
—--少し休憩にしよう。
そう呟いた彼がお城のドアを開け私を中へと導く。
紅茶を頼んで入れてもらっている間にゆったりと私をソファに沈ませた。
「少し疲れさせてしまいましたか?」
心配したように声をかける彼はあくまで優しい。
大丈夫だと言いながらも休憩をさせてもらえるのならば休憩したいという気持ちもある。
鍛えているならまだしも、そう体力があるわけではない。
「姫君、どうかこの私に、お名前を教えて頂けませんか?」
「・・私は大したものではございませんから。」
「身分など関係なく、私は姫君の名を知りたいのですよ。この短い時間で、私は貴方に。恋に落ちてしまったのです。」
そうなのか………。
彼が真剣なことを感じる。
私は、身分を隠した人間だ。
世の中で魔女狩りが行われてから、ずっと森の中で暮らしてきた。
今はこうして都会に出てきているが、また、森の古城へと帰る身であることは間違いない。そして、魔女であることを知ったのなら、彼が私を、恐れることも。
楽しい時間だった。夢のような時間だった。でも、それはもう終わり。
「王子、私は貴方に、名をお教えすることはできません。失礼します。」
扉へと踵を返す。
「姫君!」
必死で追いかけてくる王子には悪いが、私も吹っ切るためには振り向けない。
「さようなら、王子様。夢のような時間でした。」
「姫君!私は、貴方との関係をこれで終わりにはしたくない!」
「王子様…。なら、一ヶ月後の今日、また私は王城へと参りましょう。その時、貴方が私を見つけることができたのなら、私のすべてを差し上げます。」
「姫君…。必ず見つけよう。貴方を。」
「見つけてくださいまし、王子。」
✾
ペチャ、ペチャ、ペチャ。
一ヶ月後、王子がしゃぶっていたのは、頭蓋骨だった。
「君の全てを頂きましたよ。」
つまり、王子様は魔女狩りをしたんですね