アレ? 何かが違う?
次の日の昼休み。
「あれ?江君・・・・・・。」
昼休み、女子トイレからの帰り道に渡り廊下を歩いていると、見覚えのある後姿が視界に入った。
彼は私に気が付いていないのか、足早に校舎の外を歩いていく。
いつもなら気にならない・・・・・・のだけれど。
江君の表情が、いつもより怖い・・・・・・というか、無表情と言いますか。
私といる時はいつも穏やかな表情しているから、あんな冷たい顔を見るのは初めてだったので、気になってそっと後を付けてしまった。
見つからないように距離を取りながら、音を立てないように注意をしつつ後を付けるなんて事、生まれてこの方初めての経験だから、バレたらどうしようとドキドキしておりましたが。
江君は遠目から見ても、明らかに不機嫌でイライラしているのが伝わってくるからなのか、私のへたくそな尾行? には、全く気が付いていない様子だった。
“べ、別にストーカーじゃないんだからね? お姉ちゃんとして、弟が気になっているだけなんだから!”
と、自分に言い聞かせつつ、たどり着いた先はいつも人気のない中庭だった。
校舎の陰からこっそりと覗いてみれば、入学式には満開で綺麗だったはずの大きな桜の木の下に、一人の女生徒が立っている。
スカーフの色からして、1つ年上の2年生のようである。
彼女は江君に気が付くと、パッと表情を明るくし、次には顔を真っ赤にして何かを一生懸命話していた。
が。
“え? いったい何の話をしたら、あんな顔になるの?”
と思うくらい、まるでチベットスナギツネのように“無”を張り付けたような冷たい顔で、彼女に向って何かをぼそぼそと短く伝える江君。
と、同時に突然、江君の目の前にいた彼女が、左手で口元を覆い隠しながら私のいる場所と反対方向に、走り去っていったのである。
“え? 何があったの?”
会話が全く聞こえなかったので、何の話だったのかは分からない。
でも、あんなに冷たい表情の江君を見るのは、出会って以来初めてだった。
“何があったのかな? あんな顔をするってことは何か問題ごとでも? 姉として、話を聞いてあげるべき? それとも・・・・・・。”
こんな時、今まで一人っ子だった自分をちょっぴり恨んだ。
姉妹であったなら、こんなに悩まなかったのかな?
それ以前に、男の子の、弟の悩みなんてどうやって力になってあげるのが一番ベストなの?
それからは、そんな事ばかりを考えてしまって正直、授業どころではなかった。
放課後。
「え? 雨?」
今日は日直だったから、帰りが少し遅くなってしまった。
用事があるという麗ちゃんは、ホームルーム終了のベルの音と共に猛ダッシュで帰ってしまい、目黒君と江君は部活だから、一人で帰ることになる。
こんな時に限って、雨が降るとは。
「今朝の天気予報、降水確率低かったと思うんだけど・・・・・・。」
唯一の救いは、洗濯物は室内干しにしてきたということだけである。
「仕方ない、走って帰れば大丈夫・・・・・・。」
意を決して走りだそうとした、その時である。
「待って! 濡れるよ?」
突然、背後から聞き覚えのある声がしたかと思うと、左腕をクイッと軽く掴まれた。
「え? 江君? 部活は?」
振り返ると、そこには私の腕を掴んだ江君がいた。
「あれ? 姉さんのクラスでは帰りのホームルームで連絡なかったの? 明日からテスト休みに入るから、今日はどの部活も終わりが早いんだよ?」
「え? そうだったっけ?」
そういえば、そんな話がされていたような・・・・・・。
「傘、持ってこなかったの?」
「うん。まさか降るとは思わなくて・・・・・・。」
「僕のあるから、一緒に入ろう?」
そう言うと、江君は持っていた傘をバサリと開いた。
「ねえ江君、それじゃあ濡れちゃうよ?」
江君が持っていた一つの傘に、私たちは二人で入った状態で帰っている。
まあ、姉弟で帰る先が同じなのだから、別にこの事はどうでもいいのだけれど。
問題は、私が濡れないように常に江君が持っている傘をかざしてくれるからなのか、彼の右肩や腕が、傘からはみ出て濡れている事だった。
ただでさえ道路側を歩いてくれているので、自動車が通るとたまに水が跳ねて、彼のズボンを濡らしたりしているというのに。
「僕は大丈夫だよ。それよりも姉さんは大丈夫? 濡れてない?」
「江君のおかげで、全く濡れてないよ。」
「それならよかった。」
ホッと胸をなでおろす、いつもの優しい江君。
昼休みの時とは、えらい違いである。
「ね、ねえ。江君?」
「ん? なに?」
昼休みとは違っていつもの江君なことに安心した私は、思い切って聞いてみることにした。
「えっとね? 昼休みなんだけどね?」
「うん。」
「2年生の先輩と一緒に、中庭にいなかった?」
「え?」
ビクン! っと、江君の身体が飛び跳ねた。
「え? 大丈「もしかして、話が聞こえてたりする?」」
何を慌てているのだろう?
“しまった”と、言わんばかりの顔をしている。
もしかして、聞かれてはまずい話だったのだろうか?
「? ごめんね。実は全く聞こえて無くって。ただ江君が、見たこともないようないつもと違う顔をしていたから、どうしたのかな? って気になっちゃって・・・・・・。」
先ほどまでどことなく落ち着きなさそうだったのが、話を聞いて安心したのか、ニコッと、いつもの優しい笑顔を私に向けると。
「ああ。あの人の事ね? 昴の事で聞きたい事があるって、呼び出されてしまって。ほらアイツ、バスケ部のエースでモテるから。アイツと仲がいいからって呼び出されるのは、本当に困るよね?」
その時のことを思い出したのか、今度は困ったような顔をしている。
「そっかあ~。大変だったね。」
もしかして、嫌な質問でもされたのかな?
・・・・・・そうなのかも?
親友のことを変な風に言われたりしたら、いくら相手は先輩とはいえ、私もあんな不機嫌な顔になっちゃうかも?
「でもモテるっていうのなら、江君もすっごくモテそうなのに。」
「え? まさか! 僕なんて全然だよ。」
「え? そうなの?」
「うん。今までずっと、そういうのは昴ばかりだったから。僕は全くご縁がないよ。」
「そうなんだ~。」
意外だった。
こんなに整った顔立ちをしていて、モデル並みにすらっとした体形で背も高い、勉強もできてスポーツマン。
家事だって率先して手伝ってくれる、気配り上手な上に穏やかでとてもやさしい。
私なら、“彼氏にしたいNO.1候補”に入ると思うんだけどなあ?
私の感覚が、今どきからずれているのかなあ?
私、芸能界とかアイドルネタとか疎いしなあ・・・・・・。
そんなことを考えていると。
「もしかして姉さんは、誰か男の人に告白とかされたり・・・・・・とか?」
突然、予想外なことを聞いてきた。
その割に、なぜか遠慮がちである。
「え? ないよ? 第一、私みたいな所帯じみた地味女、選ぶ男の子はかなりのチャレンジャーだと思うけど?」
見ての通りなので、もしかして気を使って質問してくれたのかな?
なので心配させないように、あえて明るく答えたつもりなのだけれど。
「え? 本当に?」
何故だろう?
江君は、私の言葉を疑っているかのような、何か探りを入れているようなそんな視線を送ってきたのだ。
「え? なんで?」
私は、答え方を間違ってしまったのだろうか?
こういう時、お姉ちゃんは弟になんと言ってあげたら、安心してもらえるのだろうか?
などと考えていると。
「だって姉さんは、可愛いし、優しいし、頭もいいし、気配り上手だし、聞き上手だし、料理上手だし、家事全般完ぺきにこなすし、そばにいると癒されるし、それから、「す、ストーーーーーーーーーップ!!」」
あまりの恥ずかしさに、思わず江君の口を両手で塞いでしまった。
「ふぁ、ふぁんで?(な、なんで?)」
今度は、江君が驚いている。
「そんなに褒めてもらえて、お姉ちゃんは大変うれしいのですが、改まって言葉に出されると、とても恥ずかしいのです。」
本当に・・・・・・、いつの間にこんな“お姉ちゃん大好き”なシスコン弟になってしまったのだろうか?
正直、どう反応していいのか困る!
「たくさん褒めてもらえたお礼に、今日の晩御飯は、江君の好きなオムライスにするね?」
「え? やったー! 楽しみ~。」
晩御飯ネタで、何とか話題を逸らすことに成功。
あまりにも褒めちぎられすぎたせいか、その後は顔の火照りがなかなか引かなくて、本当に困ってしまうのであった。
それから2週間。
「やったー! 今日でテストも終わりだー!」
最後の歴史のテストが終了した4時間目、やっと“試験”と言う名の緊張から解放されたクラスのみんなは、ピリピリとした雰囲気も一気に無くなり、とても生き生きしていた。
つい数分前までは、まるでお通夜か何かのように静かだった教室が、まるで嘘のようである。
「お昼前に、トイレに行ってこよっと。」
今日は天気がいいので、屋上の場所取りを麗ちゃんに頼んで、私はトイレへと急いだ。
今回の試験の出来には、チョッピリ自信がある。
なんせ、学年1位の江君に、分からないところはすぐに教えてもらっていたから。
「お陰様で今回の試験勉強は、いつになくスムーズだったんだよね~。」
江君は頭がいいからなのか、教え方もとても分かりやすかった。
時々連絡が来ては、目黒君と試験勉強をすると言って出かけていくことはあっても、学校に通う以外はずっと家にいてくれていたので。
「今回は何点くらい取れたかな~。楽しみだな~。」
なんて浮かれながら女子トイレを出ると。
「佐倉さんだっけ? ちょっといいかな?」
そこには、この前桜の木の下で江君と話をしていた先輩と、友達であろう女子3人の計4名が、まるで私を取り囲むが如く、目の前に立っていた。
大人しく後ろについて歩いてゆけば、例の桜の木の下へとたどり着く。
先輩たちは4人とも、なぜかとてもイライラしていると言いますか、怒っていると言いますか。
無言の圧がヒシヒシと伝わって、正直怖いんですけど。
アレ?
もしかしてこの前、校舎の隅からこっそり覗いていたの、バレてます?
それで不機嫌なのなら、先輩方の気が済むまで黙って怒られるべき?
などと思っていると。
「あんたさ~。」
第一声は、お友達その1さんからのまるで脅すような、低い声から始まった。
「最近、1組の佐倉君と、ずいぶんと仲良さそうじゃん?」
次に話してきたのは、お友達その2さん。
こちらもそのお声から、不機嫌でいらっしゃるのがよく分かる。
「二人は、どういう関係なわけ?」
お友達その3さんは、腕組みをして私を睨んでおいでです。
が・・・・・・アレ?
今聞きたいのは、この前の覗き見の事じゃないの?
ていうか、何でこんな人気のない所にわざわざ呼び出した挙句、聞きたいことと言うのが私と江君の関係なんだろう?
まあ。
別に隠す関係でもないから、別にいいんだけどね?
「どういうって、姉と弟ですが、それが何か・・・・・・。」
と、素直に答えた途端。
「え? 姉弟?!」
最初に驚いたのは、江君とこの前話をしていた先輩。
「うっそ! 偶然苗字が一緒ってわけじゃなくて?」
「マジ? でも全く似てないよね?」
「そうそう!! ・・・・・・って、そういや性別違うと2卵生だからあまり似ないって、聞いたことあるわ・・・・・・。」
続けてお友達その1・その2の方も大変驚いており、その3の方に至っては、何やら自己完結していらっしゃるような・・・・・・。
「えっと、姉弟と言ってもですね・・・・・・。」
“つい4か月前に家族になったばかりの、出来立てホヤホヤなのですが”
と、補足説明をしようとすると。
「じゃあ、佐倉君が付き合っているのって、もしかしてこの子といつもいる、あの金髪ハーフ女?」
「え? でもあの子、バスケ部の目黒君と仲良くない?」
「もしかして、二股~? 最悪ー!」
「いくら美人でも、イケメン独り占めはダメでしょ~?」
「調子こいてない? あの女!」
「マジうっざ!!」
4人は私の話を聞かないどころか、今度は別件で怒り出した。
しかも、“金髪ハーフ女”って、もしかして麗ちゃんに怒っているの?
どうして?
「あの・・・・・・。」
私が話しかけると。
「ああ貴女、もういいわよ? 用が済んだから、さっさと目の前から消えて。」
友達その1に、シッシとまるで動物をあしらうかの如く、左手で追い払うようなジェスチャーをされる。
「でもね? 佐倉さん。」
しかし、江君と話をしていた先輩が、そこで声をかけてきた。
「貴方の弟、もう少し人に優しくすることは出来ないの? あんなにかっこいい容姿しているのに、いつも無口無愛想で。せっかく私が勇気を出して告白したのに、“俺のことを知らない人に、好きと言われても迷惑”って。こんなひどい言い方ってある? 姉としてちゃんと教育しなよね!!」
と、怒られてしまった。
「そうそう。見た目はあんなに素敵なのに、ああも周りに無関心だと、いつかいじめにあうかもよ? もう少し弟さんの事に気を配ってあげたら?」
「本当よ~。もったいないったらありゃしない! ちゃんと教育しなさいよね!」
お友達その1・その2の方にまで、お叱りを受ける始末。
その前に。
「え? 先輩が江君・・・・・・弟に告白? 目黒君にじゃなくて?」
アレ?
江君に聞いていた話と、ずいぶん違うような・・・・・・。
しかも、江君が無口無愛想?
周りに無関心ってどういうこと?
私、初耳なんですけど?!
「え? 目黒君は、あの金髪女と・・・・・・って、ムカつく!!」
先輩は、拳をプルプルと震わせながら何かを思い出したのか、とても怒っていらっしゃる。
しかも。
話の流れから察するに、なぜか怒りの矛先が、麗ちゃんに向かっている気が・・・・・・。
「あの・・・・・・。」
先輩に質問しようとすると。
「そういえばあの金髪女と佐倉君、この前の休みの日に、隣町で2人でいるとこ見たわ!」
「あ。そう言えば私も、始業式前にあの二人を見たわ。」
「え? マジ? 本当にムカつくんだけど。」
「佐倉さん、友達は選んだ方がいいわよ?」
先輩たちはお互いに言いたいことを言いながらも、時々まるで叫ぶかのように、“ムカつく”・“許せない”と言った言葉を大声で撒き散らし、時には草木や地面に八つ当たりをしながら、中庭を後にしていったのだった。
その場にポツン・・・・・・と、一人取り残された私。
それにしても。
突然の、しかも今日初めて会話を交わした、名前も知らない先輩たちから聞いた話は。
「私の知らない情報が、多すぎるーーーーーーーーーーーー!」
まず。
江君が、無口不愛想で周りに無関心って、そんなの見たことも聞いたこともございませんが。
しかも。
この前の呼び出しの件も、私が聞いた話とは違うし。
麗ちゃんと江君が、時々逢っているって事も、私はどちらからも聞いたことはないし、知らないし。
「どうして? でも先輩たちの話も、本当かどうかわからないし。かといって、先輩たちが私に嘘をつくメリットもないし・・・・・・。」
せっかく期末試験が終わったというのに、私には新たな問題が浮上してしまうのであった。
~主な登場人物~
佐倉 史栞 主人公
佐倉 江 弟
高梨 麗 主人公の親友
目黒 昴 弟の親友